Archive for the ‘映画の感想’ Category

日本を支配した中国を宗教で倒せ!『ファイナル・ジャッジメント』

木曜日, 6月 7th, 2012

ファイナル・ジャッジメント

渋谷をミサイルで攻撃する中国のヘリ!こんなシーンは劇中に無い。

解説前の注意事項

幸福の科学プレゼンツの実写映画『ファイナル・ジャッジメント』が公開された。2009年の仏陀再誕以来の新作だ。解説前にまずは注意事項。この映画は色々と配慮して劇中の固有名詞を置き換えているんだけど、破壊屋ではその配慮を無視して、元の表現を使うことにします。以下がその表。

劇中の言葉 俺が勝手に置き換えた言葉
オウラン 中国
幸福維新党 幸福実現党
民友党 民主党

それでは『ファイナル・ジャッジメント』のネタバレ解説に入ります。『ファイナル・ジャッジメント』本編は中国が日本を支配する前半部分と、宗教の力で日本人が立ち上がる後半に分かれている。そして全編に渡って左翼批判と宗教賛歌にあふれている

2009年 幸福実現党敗北、そして政権交代へ
  • 映画が始まる前の予告編、国会議事堂が闇に覆われる映像が流れてくる。この映像は幸福の科学が今年の秋に公開するアニメ映画『神秘の法』の予告編だった。
  • 映画が始まると中国国内の自治区が出てきて、ある家族の食事風景を映している。中国は宗教を禁止にしているので「天にまします我らの父よ」と食前の祈りを捧げたら死刑。こうして、この家族の両親は処刑されて娘は引き取られていった。
  • 画像はこのシーンの悲しみを歌った大川隆法作詞『振り向けば愛』のPV。ものすごく物語性のある歌詞だ。
    ファイナル・ジャッジメント
  • 10年以上経って2009年の渋谷のハチ公前広場。幸福実現党から出馬した鷲尾正悟(わしおしょうご:主人公)が「憲法9条の改正」や「我が国はミサイルを撃たれて国民が死ぬまで反撃できません!」と訴えて選挙活動しているが、日本人たちはガン無視。
  • 正悟は誰も自分の演説を聞いてくれないことに無力感を感じる。その時、天から黄金に輝く羽が降りてきた。しかしそれは正悟にしか見えなかった。
  • オープニングで両親を処刑された少女リンは成長して日本にいた。リンは幸福実現党の選挙活動を応援することになった。
  • 幸福実現党は総選挙で惨敗する。スタッフたちは民主党の政権交代の映像を見てうなだれる。日本人たちに自分の訴えが届かなかったことに絶望しているのだ。
  • だけどスタッフの一人であるのぞみは「これは神様が与えてくれた試練!」とポシティブ発言。2009年の衆議院選挙であんたらが負けた原因は、その信仰心に日本人が危機感を抱いたのと、新日本国憲法案がヤバすぎたからだって!
  • 選挙に負けて活動が止まってしまった幸福実現党のスタッフたちだが、正悟はリンと恋仲になっていく。
  • 正悟の親友で五反田の消防団員でもある憲三は、正悟とお互いの絆を確かめあう。二人の両親は共に左翼政党である民主党の議員で(俺が書いているんじゃなくて、劇中の設定がそうなっている)、二人とも親に反発しているという共通点があるのだ。
中国による侵略が始まった
  • 数年後のある日、渋谷上空に中国の戦闘機やヘリコプターたちが大量に現れ、日本は占拠された。ちなみにこの映画を観るときは「自衛隊がいるはずでしょ」「安保条約は?」「外交はどうなっているの?」といった疑問を持ってはいけない。
  • どうでもいいけどこの映画には「ちくしょう!中国め!」「中国人は信用できない」「どんな手を使っても中国人を追い出すわ」といった危ないセリフがよく出てくる。(注:「中国」に置き換えるのはこのブログが勝手にやっていることであり、劇中では「オウラン」です)
  • 日本を支配するのは中国人のラオ・ポルト(宍戸錠)だ。以下は日本を支配下においた中国の政策だ。
  1. 警察・自衛隊はオウラン人民解放軍に再編成
  2. 通貨は6か月以内にオウラン通貨に統一
  3. 第一言語はオウラン後になる
  4. 治安が安定するまで夜10時から翌朝5時まで外出禁止
  5. オウラン国では宗教活動はすべて非合法
  6. 国家反逆罪は死刑
それでも日本から宗教は消えない
  • 正悟は選挙活動の仲間たちと再会する。幸福実現党のスタッフたちは地下組織のレジスタンス:ROLEとなっていたのだ。
  • ROLEの隠れ家はキリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教などの宗教施設も兼ねている。もし中国にバレたら全員死刑。ところで画面の中に日本最大の宗教団体である創価学会がいなかったのが実に残念です!
  • ROLEの隠れ家のボス的存在は、憲三の父親だった。憲三の父親は「人々には神を信じる心が欠けている」と日本人を批判する 。
  • 民主党議員である憲三の父親は選挙の票田のために宗教団体と仲良くなろうとしてそのまま宗教にハマっていた。そして民主党議員だったという罪を償うためにROLEの隠れ家を作ったのだ。
  • ROLEのメンバーでも一番信仰心が強いのぞみの両親が中国政府につかまった。信仰心を持つ両親は処刑される。信仰心を隠していたのに一体なぜバレたのか?
  • ROLEのメンバーとして活躍する憲三は、ライフルを持った中国軍相手に素手や木刀で戦って、中国兵(所帯持ち)を殺したりしていた
そして仏の道へ
  • 正悟は憲三の父親の書斎に行き、八正道(釈迦の教え)の本を手にとる。そして大樹の元で座禅を組み悪魔との対決が始まる。
  • この展開は劇中では解説されない、っていうか幸福の科学信者にとっては常識なんだけど、成道(悟りを開いて仏になること)なのだ。は釈迦の成道 のエピソードとまったく同じである(リンク先はWikipedia)
  • さて映画『ファイナル・ジャッジメント』では悪魔との対決はどのように行われるのか?まず悪魔は正悟の父親の姿でやってくる。そして悪魔と対話するんだけど…
  • 悪魔との対話の内容が………左翼批判!左翼を批判するのは悪魔じゃなくて、もちろん主人公:正悟
  • 正悟の父親は民主党で売国奴として活動したことを深く後悔し「私だって左翼の被害者だ!戦後の左翼思想に侵されたのだ!」と左翼が悪いという前提で正悟の父親(悪魔)と主人公の対話が続いていく。
  • 正悟は思想は違えど父親から愛されていたことを思い出し、悪魔が父親の姿をしていることを見破る。正悟が大地に指を触れると悪魔は消滅した(釈迦も同じ方法で悪魔を退けている)。
  • そして正悟の肉体から魂が離れていく。そして魂は天高く飛翔して宇宙空間を飛び続ける
  • えー、ここらへんはセリフの説明が一切なくてイメージカットだけで構成されているので、普通の観客には何が起きているかサッパリわからないと思うので、俺が代わりに解説します。
  • 幸福の科学の教えだと「多次元宇宙界」というのがあります。また太陽系の外側に霊界があるという考えなんですね。だから正悟の魂は宇宙空間を飛び続けて銀河系以外の星団を目指すわけです。そして最終的に「多次元宇宙界で出会った黄金色の何か」だけど、あれがエル・カンターレ(大川隆法)なわけですよ。っつーか映画観ていて解説無しで映像の意味がわかる自分にビックリしました。俺も立派な信者になれそうだなぁ。
救世主となる
  • 中国に弾圧され続ける憲三たちは「仏を信じているのに仏が助けてくれない」という宗教独特のジレンマに悩んでいた。だが憲三の父親がその疑問に答える。
    「正悟はキリスト・イスラム・ヒンドゥーを超えて地球を救う救世主なのだ」
    すげえセイブ・ザ・ワールド!
  • セイブ・ザ・ワールドの根拠は、2009年の幸福実現党が行った正悟の演説に世界中が感動したということらしい。ちょっと気になって政党の英名を検索してヒット数を調べてみたけれど
    英語名 日本語名 検索ヒット数
    Liberal Democratic Party 自民党 1,530,000
    New Komeito Party 公明党 53,400
    United States Marijuana Party マリファナ党(アメリカ) 44,200
    The Happiness Realization Party 幸福実現党 40,900
    Sports and Peace Party スポーツ平和党 38,200

    2004年に解散したスポーツ平和党とドッコイドッコイだぞ

  • あと、世界中がネットで繋がる描写だけど、ネット上の動画に出てくる外国人たちはきっと稲川素子事務所の人たち。
  • こうして正悟は中国に支配された日本人の心を救うべく、地下布教活動を活発させる。正悟に触れられた車イスの少女が立ち上がるなど、正悟はキリストのような力を発揮する
裏切り、そしてROLE壊滅
  • 正悟の布教活動中に中国軍が攻めてきた。正悟は逮捕されてROLEは壊滅する。リンが裏切ったのだ。
  • リンは最初からスパイ目的で近づいていたのだ。リンはラオ・ポルトの義理の娘であり、手柄を立てて中国の党幹部になるのが目的だった。
  • オープニングでリンは神様への祈りをしたために、両親が殺された。だからリンは宗教を信じなくなっていたのだ。
  • ROLEの主要メンバーは憲三と五反田の消防団が中国軍と戦ってくれたおかげで脱出に成功した。
  • 正悟が処刑されることが決まってしまった。ROLEのメンバーは「正悟の演説を世界中に中継する作戦」を立てる。当然ながら「処刑される奴がどうやって演説するんだよ」というツッコミが入るが、とりあえず「奇跡を信じよう」らしい。演説の場所は渋谷の交差点だ。
地球を救いエンディングへ
  • 正悟の処刑直前、リンは幽霊となった両親と再会して改心する
  • 正悟は処刑執行室にいる。今まさに首吊りの処刑台の床が開かれるという状況だ。どうやってリンは正悟を助けるのか?普通に連れ出すだけだった
  • 中国軍とリンのカーチェイスが始まる。いわき市にロケ用の私道を作ったらしく、低予算映画としてはかなり頑張っているカーチェイスだ。でも車を停める⇒煙幕を貼る⇒車に乗って逃げる、の流れは説得力がなさ過ぎてイマイチ。止った車のタイヤ撃てばいいのに。
  • 憲三は正悟を逃がすために中国軍と戦い戦死する。
  • 正悟は渋谷の交差点に到着、幸福実現党の選挙カーのお立ち台に立つ。そして地球を救う演説をする。
    ファイナル・ジャッジメント
  • 演説の内容は霊界に関することとか、祈れば天国に行けるとか、間違った思想の持ち主は地獄に落ちるとか、反省すれば助かるよとかだ。
  • 演説を聞き入るのはエキストラたちなんだけど、撮影場所はいわき市なので、エキストラのほとんどがいわき市民だろう。
  • 俺が劇場で観ているときは数人が泣いていたけど、俺にとっては映画に直接「破壊屋ギッチョ、お前は地獄行き!」と説教されているようなもんだ。中国倒す前に俺を倒したほうがいいんじゃない?
  • 演説はさらに続く。戦争とか天変地異が起きるのは信仰心が足りないからだそうだ。そんな演説を真面目に聞くいわき市民のエキストラたち
  • 正悟の演説に感動する世界中の人々、死んだ憲三も幽霊になって正悟の隣に立つ
  • 演説が終わると正悟が拍手喝采を浴びて映画が終わる。え?これで終わりなの?
  • 画面が暗転すると「人々が信仰心を持ち出し、紛争は消え、中国は民主化された」と字幕が出る
  • エンドクレジットではリンカーン大統領の霊が作詞したという歌(日本語)が流れてくる。
  • エンドクレジットが終わると、幸福の科学映画恒例の信者の会社一覧表が出てくる。
『ファイナル・ジャッジメント』の笑いどころ

幸福の科学映画といえば、映画館で信者に囲まれた状態で観るので、笑いをこらえるのが大変だったりする。『ファイナル・ジャッジメント』は日本が支配されるというシリアスな展開なので笑いどころはほとんど無いけど、超常現象が起きる後半では笑いをこらえるのが大変なシーンがいくつかある。

まずは正悟の父親が空から登場するシーン。登場人物が空から登場するのは、幸福の科学アニメではよくある演出。それを実写で見るとクレーンで吊るされている感が満載で笑ってしまう。わざわざ空から登場させる意味もわからない。

正悟の父親の幽霊が、正悟の演説を見るためにテレビを見ているのも笑ってしまう。幽霊なんだから直接見に行けよ!と思ってしまうが、これはまあ自分の奥さんと一緒にテレビを見たかったのだろう。

最大の笑いどころは死んだ憲三が幽霊になって幸福実現党の選挙カーに乗っているシーン。これから幸福実現党の選挙カーを見るたんびにこのシーンを思い出してしまいそうだ。

幸福実現党の日本独立宣言

「勝手に言葉を置き換えるなんて酷いなぁ」って思うかもしれないれけど、架空の政党であるはずの「幸福維新党」を実在の政党「幸福実現党」に置き換えたPRビデオは本当に製作されているんだぞ!↓

このビデオは幸福実現党(実在)の党員たちがオウラン政府(架空)に処刑されるが、党首のついき秀学(実在)が脱獄して日比谷で日本独立宣言を訴える様子を、CNN(実在)や各種報道機関が報じているというモキュメンタリー。政党の宣伝のためにありもしない処刑や闘争や報道を描いており、プロパガンダだとしてもやっちゃダメなことをガンガンやっているにも関わらず、あまり問題にも思えないところがかわいらしい珍品だ。

反中映画としての『ファイナル・ジャッジメント』

国名を変えているとはいえ反中描写はかなり過激だ。でもアジア映画には反日映画が多いので、『ファイナル・ジャッジメント』はそれの逆バージョンだと思えばあまり気にならない。反日・反米・反中、作品に何かを敵視する思想を入れるのは別に構わないと思う。『ファイナル・ジャッジメント』がよくないのは「俺たちの言うとおりにしないと中国が攻めてくるぞ!」と極端な思想のために、極端な思想を利用している点だ。

逆に良い点は「中国は間違っているが、中国人が間違っているわけではない」という結論に達するところ。映画のラストシーンでは中国人に対して愛を説いて中国の民主化を成功させるのだ。でも「愛こそ全て」をここまで描くのは宗教家というよりも日本のアニオタ的発想かも(この映画を企画した大川隆法の息子はアニオタで有名)。

だけど自分と違う思想と付き合うのに大切なのは、相手を変えることじゃなくて相手を理解することだろ。この映画はその視点が完全に抜け落ちている。

宗教映画としての『ファイナル・ジャッジメント』

つまらない。中盤で「宗教を信じるだけでは何も救われないのか?」という難しい点に踏み込んでいるので、「これは期待できる!」と思ったけれど期待した俺がバカだった。生き仏となった主人公が演説しただけで世界が平和になっていた。「宗教を信じるだけでは何も救われないのか?」という疑問を持っていたキャラたちは演説聞いて感動しているだけだった。

ちょっと話が逸れるけど、近年の映画で宗教と信仰の問題をもっとも上手に描いた映画って『リトル・ランボー』だと思うんだよね。あの映画は宗教を否定するけど、神を信じる心は肯定するという上手い着地点に立つ。

『ファイナル・ジャッジメント』の見どころ

いわき市に作ったという渋谷のスクランブル交差点のオープンセットはかなり効果的に使っていた。この映画一番の見どころだ。ロケ撮影とセット撮影の組み合わせもうまい。

過去の映画だと『容疑者 室井慎次』もいわき市に新宿のオープンセットを作っていたけど、あまり効果的に使われていなかった。『恋人はスナイパー 劇場版』(両方とも君塚良一監督作品)のように渋谷のロケ撮影が失敗している作品もあることを考えると、『ファイナル・ジャッジメント』の撮影はよく頑張ったと思う。

軍用ヘリが首都を攻めるというビジュアルはモロに『パトレイバー2』の影響で、押井守が大好きなビルにヘリが写りこむカットもあり。ここらへんも面白かった。

リン

ウマリ・ティラカラトナ

リンを演じたのはスリランカ人女優のウマリ・ティラカラトナ。幸福の科学は「スリランカの有名女優」って宣伝しているけど、実際は稲川素子事務所所属の日大生だ。この女優がかわいくて良かった。

彼女は劇中でファッションがめまぐるしく変わるのが面白い。胸を強調するセーター、迷彩服、ロングスカート、浴衣、共産圏風の軍服とどれも露出が少なくて下品さがないのも良い。

リンが裏切り者という展開はかなり驚いた。某国問題を描いた映画でその某国人が裏切り者という展開は常識的にはありえないからだ。例えばハリウッド映画でアメリカを裏切るのは白人だし、反日映画の裏切り者は中国人や韓国人だ。まあリンの改心を描いてフォローしていたけど。でものぞみの両親が捕まったのってたぶんリンのせいだよなぁ。

最後に

『仏陀再誕』以降の幸福の科学は、信者が1000万人以上いるはずなのに選挙で一議席も取れず大敗したり、教祖様が愛人問題起こして奥さんが週刊誌に暴露記事持ち込んだり、教祖様が離婚したので教義内容が変わったり、教祖様がネバダ州の秘密記事に心霊潜入したという本を定価1万円で買わされたりと、いろいろ大変だ。本当に信仰心を問われているのは俺たち一般の日本人よりも幸福の科学の信者だと思う。

オマケ

ファイナル・ジャッジメント
ファイナル・ジャッジメントのラブソング『振り向けば愛』だけど、歌詞をよく見ると「Play a role in the Army(入隊して役割を果たそう)」だ。

この映画を応援するのは、試写会で『ファイナル・ジャッジメント』を観たという故・丹波哲郎。まさに死者会。
ファイナル・ジャッジメント

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子供たちが映画を作る物語なんだけど、主人公の母親が宗教団体と関係している。

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Bootlegで評論書いたので、そちらもよろしくお願いします。

放射能とレディ・ガガ 東日本大震災コメディ映画『青いソラ白い雲』

日曜日, 5月 20th, 2012

青いソラ白い雲

遂に東日本大震災を題材にしたコメディ映画が生まれた。早っ!といっても直接的にネタにしたわけでもないし、被災地を題材にしたわけでもない。ネタになっているのは震災後の滑稽な東京の姿だ。

今から映画の序盤のストーリーを解説します、序盤の展開のみネタバレとなっています。

映画のストーリー(震災前)

物語のヒロインは、ちょっとしたセレブ人生を歩んでいる女子高生リエだ。リエのお父さんは旅行会社を経営している結構な金持ちなので、リエは苦労知らず。さらにリエは美貌と美脚の持ち主なので、女子高生たちに大人気の読者モデルとしても活躍している。

2011年3月10日、リエは友人たちと集まって談笑する。リエは間近に迫った卒業式には出ないでロサンジェルスへ留学してしまう。卒業式に出ない理由はロサンジェルスでレディ・ガガのライブを観るためだ。リエの友人で歌手デビューが決まっているアズサは
レディ・ガガなんてマドンナのパクリ
と一刀両断するけど。

リエの元カレもやってきた。元カレはイケメンだけど、あまりにも頼りがいの無いナヨナヨした男なのでリエにフラれたのだ。そのとき地震が起きる(3月10日の前震)。元カレはニュージーランドのクライストチャーチ地震を引き合いに出して
「海外は危険、ロサンジェルスに行かないで安全な日本にいて」
とリエに頼むが、リエは
「ニュージーランドに近いのはロサンジェルスよりも日本よ」
と呆れる。

こうしてリエはロサンジェルスへ旅立った。次の日、東日本に大地震が発生した。東北地方は津波に襲われ、原発はメルトダウンした。

映画のストーリー(震災後)

2011年3月22日、リエは日本がどうなったのだろうと確認するためにガイガーカウンター持参で東京の自宅に戻ってきた。

リエが自宅前にいると、例の元カレがやってきた。元カレは被災地で震災ボランティアと活躍していて見違えるように男らしくなっていた。元カレは飼い主が津波で死亡した被災犬をリエに預けると、救援物資を抱えてまた被災地へ戻って行った。

震災の影響で旅行業界は大打撃を受けてリエの父さんの会社は倒産した。それどころか顧客に代金を返済しなかったため、お父さんは詐欺罪で逮捕された。自宅もヤクザに差し押さられてしまった。リエのクレジットカードは使えなくなったし、どこに行くにもタクシーを使うリエの現金はあっという間に無くなった。困り果てたリエだが
こんな時だからこそ日本人同士助けあおう!
という人にロサンジェルスに帰るための航空券も盗まれたために人生終了

しかたなくリエは公園で野宿する。お巡りさんが
「こんなところで寝ると危ないよ」
と諭してくると、寝ぼけたリエは
「危ない?ここは何ミリシーベルトですか?」
と聞き返す。

映画のストーリー(本筋)

食べ物も住む処も無くなったリエは被災犬と一緒に東京を歩く、その時リエの耳にレディ・ガガのボーン・ディス・ウェイをパクったとしか思えない日本語の歌が聞こえてきた。歌声のほうを見てみると、まったく客を集めていない路上アーティストがレディ・ガガのように熱唱しながら自主制作CDを売っていた。よく見てみると路上アーティストはアズサだった。震災のせいで歌手デビューの話が消えたアズサは、自分が嫌いなレディ・ガガをパクリながら流しで活動していたのだった。

リエはアズサに生活を助けてもらうようにお願いするが、セレブ人生を歩んできたため生活力が欠落しているリエと、たくましく現実を生きるアズサとの同居生活がうまくいくはずもなく…。

不思議の国のリエ

ここまでが序盤の展開だ。このあとはプチセレブ人生から転落したリエが庶民として生きて行くカルチャーギャップコメディとなる。カリスマ読者モデルだったリエがスーパー(のチラシの)モデルまで落ちぶれるとか。演技陣ではリエ役の森星(もりひかり)とアズサ役の村田唯の二人が抜群に良い。

でもこの映画は単なるカルチャーギャップじゃあない、リエが生きて行くのは震災後の東京だ。この映画が描くカルチャーギャップには東日本大震災と原発事故で価値観が変わってしまった日本人も含まれる。震災後の日本に住む俺が、震災後の人々を描いたこの映画を観てカルチャーギャップを感じるのだから不思議なもんだ。

監督の金子修介は本作を<「不思議の国のアリス」パターン>って表現しているけど、確かにそうだ。プチセレブだったリエが震災後の東京で奮闘する姿は、異世界を冒険するアリスに重なる。

リエが出会う人々は震災後で意識が変わった人々なのだ。例えば放射能を恐れるあまりデマメールを転送する人、放射能に襲われる日本から逃げ出さない外国人(ゴジラ好きというのが皮肉)、リエの犬が被災犬というだけでやたら感動するウザい人、っていうかそのウザい人ってこの映画の本来のメインターゲットじゃねえか!

警告

ネタバレが増えていきます。

メルトダウン

この映画で特に優れていると思ったシーンは、リエの状況をメルトダウンを使って説明しているところだ。リエが周囲の人たちが嘘ついていることに気が付くシーンがあるんだけど、その時ラジオからは政府と東京電力が炉心溶融を認めるというニュースが流れてくる。

東京電力がメルトダウンをしぶしぶ認め始めたのは5月になってから。リンク先は燃料の大量溶融、東電認める 福島第一1号機という2011年5月13日の記事だけど、2号機と3号機についてはまだ大量溶融を認めていなかった。

多くの日本人は3月の時点で「いやもう溶けているだろ!」とツッコミ入れていて、本当のことを言わない政府と東電にうんざりしていたはずだ。俺は4月の時点で東電の嘘を笑うエントリを書いて、10年以上やっている破壊屋史上最高アクセス記録となった。そんな俺でも5月の大量溶融の報道は「え?そこまで酷い状況なの?」と衝撃を受けた。

嘘つかれていることにリエが衝撃を受けるシーンに、原発事故隠しという日本人がもっとも強い衝撃を受けた嘘を重ねていて面白い。

東京電力と自主規制

そしてこのメルトダウンのシーンは、監督本人が「自主規制した」と言っているところでもある。さっきの「政府と東京電力が嘘ついていた」というシーンは伏線になっていて、クライマックスでリエが
「皆、ウソばっかり。政府と同じじゃない」
と周囲を糾弾するシーンに繋がる。しかしここは当然伏線を回収するシーンなので
「皆、ウソばっかり。政府と東京電力と同じじゃない」
というセリフになるべきだ。でも監督が削ってしまったのだ。

監督本人がこのシーンの自主規制について語っているが、確かに自主規制した監督の気持ちはわかる。商業映画で嘘つきの代表例として固有の社名を出すのは難しい。でも削らないで欲しかったかな。

犬と難病と妊娠と

俺がこの映画に大きく感動した理由がもう一つある。『青いソラ白い雲』を構成する要素は犬・難病・妊娠だ。これらは数年日本映画界で安易に使われてきた要素で、犬や難病キャラが出てくるだけで「あ、またか」とうんざりさせられる。またこういう要素を使う映画は駄作ばっかりだった。

でも金子修介監督はこれらの要素を逆手に取った。ヒロインは被災犬を押し付けられた人だし、妊娠ネタは「放射能だらけなのに妊婦がマスクしていないなんて!」と焦りだすキャラを登場させてギャグにしてしまう。難病で死ぬシーンもギャグっぽく撮っている。今までの日本映画が感動させようとして失敗してきた事に、逆のアプローチで取り組んでいるのだ。

放射能コメディ

『青いソラ白い雲』は2012年現時点で商業作品が震災や放射能をどこまでコメディとして扱えるか踏み込んでいる。震災後の状況を誰もコメディとして捉えることができなくて、唯一やってくれているのはネット上の不謹慎ギャグという状況が俺には不満だった。だからこそ『青いソラ白い雲』は2012年の俺の暫定ベスト1映画だ。

だけどこの低予算映画『青いソラ白い雲』はまったく話題にならなかった。監督のインタビューやブログを読んでいると宣伝から放射能コメディの要素が消されたのがよくわかる。ライターのとみさわ昭仁さんと飲み会に行ったときに、とみさわさんが
「この映画が大ヒットしていたら抗議する輩が出てきたと思う」
と言っていたけど、きっとその通りだろう。

でも『青いソラ白い雲』が踏み込んで描いたギャグの数々は、今後の日本の映画やテレビ番組作りにきっと良い影響を与えるはずだ。世間的な評価はマイナーな佳作コメディだろうけど本作は2012年を象徴する映画だ。これは『青いソラ白い雲』の最大級のネタバレなので、未見の人は可能な限りクリックしないで欲しいけど、今この時代にこういうキャラクターを登場させただけでもこの映画は素晴らしい

青いソラ白い雲

放射能コメディというのもこの映画の一つの要素に過ぎなくて、この映画はラストで震災後の日本をどうやって生きればいいのかまで踏み込んでくる。タイトルの本当の意味がわかったとき、感動というよりも清々しい気分になった。

オマケ

ちなみに金子修介監督は「犬と少女というテーマで映画を作ってくれ」という依頼を映画会社から受けていた。映画のテーマとしてはかなり安易なもので、同じテーマを扱った大橋のぞみとソフトバンクの犬が共演する映画『大好きなクツをはいたら』は完成することなく大橋のぞみごと消えた。

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同じ監督のこの作品も日本にある希望を描いた作品だったな。

チェスのようなカーチェイス:ドライヴ

土曜日, 3月 31st, 2012

ドライヴ

俺はこの映画を観たときファーストカットで「あ、この映画ダメだな」と思ってしまった。ファーストカットはホテルの一室を写し出していて、サソリ柄のジャケットを着た主人公の背中が出てくる。カメラはそのままホテルの一室を舐めまわし、窓に向かうと夜の都会の光景が………って古すぎるんだよ!80年代の映画か?と思った。黒地に紫の筆記体フォントもこれまた古い。

けれど次に出てくる車の修理工場内のシーンで、逃し屋の主人公が仕事用の車を調達するので緊張が貼りつめてくる。そして強盗を乗せた主人公が警察から逃れるために車を発進させるんだけど、いやもう凄まじい緊張感のカーチェイスを堪能した。派手なぶつけ合いは一切なしで、車を何度も停止させながらゆっくり冷静に警察の包囲から逃れていく。『ワイルドスピード』や『トランスポーター』のような手に汗を握ることがまったく無いストレス解消用のカーチェイスとは全く違った、制限速度内のカーチェイスだ。いや、もちろん要所ではスピード上げまくるけど。

『ドライヴ』の監督はオープニングのカーチェイス(のBGM)にチェスをイメージしていたらしいけど、相手(警察)の出方を伺いながら車の停止と加速を繰り返していく様子はまさにチェスの駒のよう。

しかし映画の本筋も古臭かった。昼は映画のカースタントマンで夜は逃し屋の主人公は、無口で感情を表に出さない。そんな彼が子持ちの人妻に惚れる。そして人妻の夫が犯罪計画に巻き込まれたと知ったとき………って時代設定は一応現在だけどストーリーには現代らしさをまるで感じない。

でもこの映画は全体を古臭い演出で統一しておきながら、要所で斬新な演出を挿入してくる。特にヴァイオレンスシーンの直接的な表現はまさに現代映画。俺が観た時は観客から悲鳴が上がってた。中盤のカーチェイスも緩急のつけ方がうまい。

『ドライヴ』は演技陣に存在感ありすぎでそこも大きな見どころ。ここ数年絶好調のライアン・ゴズリングの無口演技が一番凄い。ライアン・ゴズリングは人妻とその子供に対しては優しい表情を見せるんだけど、ひとたびブチ切れると女の顔に正拳突きを打ちこみかねない殺気を出し始める。幼い人妻を演じるキャリー・マリガンと、強盗仲間となるクリスティナ・ヘンドリックスも魅力的。犯罪者のボスのロン・パールマンは似合いすぎていて怖い。

そういえばスットコ部長ことakiraさんがこの映画の主人公を

(タクシー・ドライバーの)トラヴィス・ビックルの草食系みたいなピュアで胡散臭い純愛野郎

って評していて爆笑した。

だいぶ変わった作品でもあるので、観た人によって評価が大きく割れそうな作品でもある。あとこの映画の監督が運転免許を持っていないというのは驚いた。そういえばバイク映画『トルク』の監督もバイクの免許持っていなかったな。

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売れないグループを描いた映画『バックダンサーズ!』

月曜日, 2月 27th, 2012

アイドル全盛の時代なのでアイドルを主役にした映画も多いんだけど、どれも超マイナーな作品ばっかり。だれ映集計作業中に聞いたこともない映画のタイトルがたくさんあったんだけど、ググるとたいていはアイドル映画だった。でもアイドルを主役にした映画は多いのに、アイドルそのものを描いた映画はほとんどない。ロックバンドの苦悩を描いた映画だとすごく一杯あるのに。

アイドルの苦悩を描いた映画だとAKB48のドキュメンタリーと、元アイドルのその後を描いた『パーフェクト・ブルー』くらいしか思いつかない。でも2006年の映画『バックダンサーズ!』はアイドルじゃないけど解散の危機にあるグループの舞台裏の描き方がけっこう面白くて好きな映画だ。『バックダンサーズ!』のモデルとなっているのは間違いなくMAX。

バックダンサーズ!

高校時代からの親友同士だった(左から)hiroと平山あやはクラブでダンスを踊って補導されて退学となってしまう。2人は美人な女子高生ジュリ(右端)を加えて3人でダンスをする。ジュリを演じるのは長谷部優、調べてみたらエイベックスのdreamというグループのセンターだった。

バックダンサーズ!

2年後にジュリはスカウトされてアイドルとしてデビューするがまったく売れなかった。しかしジュリは浜崎あゆみみたいなアーティスト路線にイメチェンしてブレイクする。

これは2006年の映画だけど今だったら逆だよな、「浜崎あゆみや宇多田ヒカルみたいな歌手路線でデビューしたけど、失敗したので握手会アイドルでブレイクする」とか。

バックダンサーズ!

そしてレコード会社の意向でジュリにダンサーをつけることになった。hiroと、平山あやと、
元キャバ嬢のソニンと、オーディションに補欠合格したソロアイドルデビュー志望のサエコの4人だ。そしてジュリ with バックダンサーズというグループを結成する。
モデルは明らかに安室奈美恵 with SUPER MONKEY’S。

バックダンサーズ!

だけどジュリはIT社長と熱愛して引退騒ぎを起こす。ジュリに振り回されるレコード会社とバックダンサーズ。現実のhiroも恋愛騒動のあげくSPEEDを解散させているので、ちょっときわどい展開。どうでもいいがこのシーンのジュリはガンズのTシャツを着ている。

バックダンサーズ!

ジュリはライブの最中に勝手に引退宣言する。現実ではこの2年後に
リア・ディゾンがライブの最中に妊娠4か月を宣言する。

この後のレコード会社幹部が言うセリフ「引退しても必ず戻ってくる!男に入れあげて引退して本当に戻って来なかったのは山口百恵だけなんだよ!」が面白い。

またレコード会社幹部のやりとりで「ジュリのベストアルバムを出しましょう!」「2枚しかアルバムないのにベスト出せるか!」ってのがあるんだけど、現実でのhiroはこの映画が公開された年にアルバム2枚の状態でベストを出している。

バックダンサーズ!

ジュリが引退して宙に浮いたバックダンサーズ。彼女たちはサマンサ・タバサのパーティに客として呼ばれたと思ってベロンベロンに酔っぱらう。だけど実はダンスの仕事で呼ばれたのであった。酔っぱらった彼女たちは「UFO」や「変なおじさん」を踊ってスキャンダルになる。

バックダンサーズ!

同じレコード会社に70年代ロックバンドのスティール・クレイジー(
スティル・クレイジーのモジリになっている
)がいて、バックダンサーズは彼らのドサ周りツアーの前座までに落ちぶれる。写真からはわからないだろうけど、スティール・クレイジーのメンバーは陣内孝則(ボーカル)につのだ☆ひろ(ドラマー)。

バックダンサーズ!

楽屋でのスティール・クレイジー。彼らのおっさん臭さを演出するために陣内が頭を叩いているが、「頭を叩く=おっさん」という演出を思いつくこと自体がすでにおっさんだ。若い人にはわからないんじゃない?(頭を叩いて血行を良くしてハゲを治すという民間療法)

バックダンサーズ!

ドサ周りの奮闘虚しくバックダンサーズは解散させられる。原因はスーパータイガース(スーパーモンキーズのもじり)というダンスユニットが売れっ子になったからだ。

バックダンサーズの経歴がソロデビューに傷つくと考えているサエコは、一人だけ25歳と年上のソニンに対して「一人でメンバーの平均年齢上げてんじゃねぇババア!」と罵ってしまう。

バックダンサーズ!

バックダンサーズ解散後、ソニンはキャバ嬢に戻る。実は子持ちのソニンは実家に預けている子どもに仕送りする必要があるのだ。どうでもいいが左の男は酔っ払いの目の演技が良い。またhiroは解散の原因となったスーパータイガースに引き抜かれる。

バックダンサーズ!

ソロデビューに憧れるサエコは田中要次からグラビアの仕事を引き受けるが、ヌードグラビアだと知って逃げ出してしまう。しかしこのエマニエル夫人風の椅子も古い演出だなー。エイベックスの最先端映画なのに、やたら70年代をリスペクトしているのがこの映画の特徴。この映画に出てくる若者たちは70年代マニアという設定になっている。

現実のサエコはダルビッシュ有とダルビッシュ翔とダルビッシュ紗栄子というダルビッシュグループからのソロデビューに成功している。

バックダンサーズ!

まあ色々あってバックダンサーズは復活、サマンサ・タバサをスポンサーにして、大型ステージを設営して、チケットを売り切れさせる。が、実はゲリラライブだった!というすごいクライマックスが待っている。どういうゲリラライブだよ。ちなみにG-SHOCKはこの映画のスポンサー。

売れないグループの奮闘記という点ではすごく面白いんだけど、肝心の「ダンスに賭ける想い」「父と娘の物語」「恋愛モノ」がイマイチ。エイベックスらしさ全開のダンスシーンが延々と続く中盤のダンスバトルとクライマックスはかなり興味が削がれる。キスをすると雪が降りだす恋愛シーンは出来の悪い韓流ドラマを見ているみたい。でもバックダンサーズに音楽的影響を与えるスティール・クレイジーという存在の使い方がうまい。

過去のロックバンド:スティール・クレイジーがツアーに回るという展開はクドカンの『少年メリケンサック(2009)』に似ている。『バックダンサーズ!』の脚本家の衛藤凛は女クドカンとも呼ばれている理由にちょっと納得。

クライマックスはみんなで力を合わせてイベントを成功させる!っていう展開なんだけど、スポンサーが全面に出ている若者向けの日本映画はこんな感じの展開が多いような気がする。俺はこういう展開を「文化祭オチ」って呼んでいる。

パーフェクトブルー【初回限定版】 [Blu-ray]『ブラックスワン』の元ネタ。

AUDIO GALAXY-RAM RIDER vs STARS!!!-『バックダンサーズ!』のサントラはRAM RIDERが関わっている。

一枚のハガキ

日曜日, 2月 5th, 2012
2011年のべスト日本映画

一枚のハガキ【DVD】

俺の2011年のベスト日本映画は『一枚のハガキ』なんだけど、キネマ旬報のベスト日本映画でも『一枚のハガキ』が選ばれて嬉しかったので、それを記念して今回はこの映画について書きます。

映画の内容

いきなり何だけどあんまりオススメできる映画でもない。映画の設定は陳腐で…

主人公(豊川悦司)が戦友(六平直政)から預かったハガキを、未亡人となってしまった彼の妻(大竹しのぶ)に届ける

というもの。映画の内容はいかにもキネ旬が大好きそうな映画で、上映時間の半分は農村にある寂れた家の会話のみ。『美しい夏キリシマ』とか『キャタピラー』みたいな農民目線の反戦映画ってキネ旬大好きだよねぇ。まあそれでも俺が『一枚のハガキ』を高く評価する理由はたくさんある。

笑える悲劇

劇中で夫の戦死を「滑稽なこと」として演出しているのに感心した。村人たちの万歳三唱と共に戦地へ行った夫が、次の瞬間骨壺になって帰ってくる編集は吹き出しそうになった(その後骨壺ですらなかったことが判明する)。奇跡的に生き延びたトヨエツが悲劇の里帰りをするのも笑ったし、日本軍の兵士たちが死地に赴く前に昭和天皇から承ったイカゲソをかじっているのもおかしくてしょうがない。

これらは実際に戦友を奪われていった新藤兼人監督だからこそできる荒業だよね。戦後生まれの映画監督たちが日本軍の悲劇をギャグとして描けるとは思えない。

一枚のハガキ

『一枚のハガキ』は反戦映画だけど鑑賞会には今上天皇も参加している。さすが平和を愛するリベラル天皇だ。

以下ネタバレ

日本への不信感

この映画の後半でポイントなるのは日本への不信感だ。大竹しのぶの2人の夫は日本軍のメチャクチャな方針の犠牲となった。トヨエツも戦友がみな死んで、故郷に居場所も無くなった。

2人とも生粋の日本人で日本での生き方以外が考えられないのに、もう日本が信用できなくなってしまった。戦後の2人の姿は現代の日本人にも通じる。

農村について

貧しい農村の描き方も怖い。長男の嫁に頼らざるを得ない両親(柄本明・倍賞美津子)は、長男が戦死すると嫁に土下座して家に残らせる。そして次男と結婚させる。このときの柄本明の土下座しながらほくそ笑む表情が怖い。家に取り憑く不幸という概念も上手く脚本にいかされている。

ちなみに出演者全員の演技が素晴らしい映画で、特に倍賞美津子と大竹しのぶは最高だ。こういう映画観てしまうとアイドル映画がキツくなってしまう。アイドルたちだって映画ではちゃんと演技してたりするんだけどね、やっぱり本物たちに比べると差がデカすぎる。

映画のオチについて

映画のオチはひねりが一切ない上に、ポスターやらジャケットやら公式サイトのTOP画像で完全にネタバレしている。

映画のオチは日本が嫌いになりブラジルへ移住しようとした2人が、それでも日本に残って麦農家を始めるというもの。麦は踏めば踏むほど強くなる。ボロボロになっても多くの死に遭遇しても、日本で生きていくことを選んだ二人の姿は震災後の日本の状況にも重ねることができて味わい深い………けど今の日本はその農地の汚染が問題になっているんだけどね。

新藤兼人監督

俺はこの映画の前情報を何も持ってなくて「新藤兼人の遺作も同然だから観に行くか!(注:新藤兼人は死んでません)」程度の気持ちで観に行ったら、そのパワフルさに驚かされた。99歳にもなってこんな映画が撮れる新藤兼人に感服です。撮影現場では新藤兼人本人じゃなくて孫娘さん(この人も監督)が頑張っていた、という真相を知ったときはショックだったけど、もう映画が撮れなくなる新藤兼人よりも新しい才能が残ったということを歓迎したい。新藤兼人監督、今まで数々の傑作をありがとうございます!お元気で!例えあの世に行っても!

午後の遺言状 [DVD]新藤兼人の映画は北野武以上に世界的知名度が高い名監督なんだけど、国内では一般的には知られていない。新藤兼人作品にチャレンジしたい人はこの作品が比較的万人向けでオススメ。

原爆の子 [DVD]原爆が落とされても見事に復興した広島だが……。『一枚のハガキ』とは打って変わって今の日本人が観ると暗い気持ちになる。