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『そして父になる』のSFコメディ版?『もしも昨日が選べたら』

日曜日, 1月 12th, 2014

そして父になる1

『そして父になる』は良作だった。辛い題材でも観客のストレスにならないように細心の注意を払って演出されている。

ところで『そして父になる』と2006年のアメリカのSFコメディ映画『もしも昨日が選べたら』は似ている作品だ。題材も雰囲気もまったく違う両作だけど共通点がやたら多い。

今回のエントリは『そして父になる』と『もしも昨日が選べたら』の同時ネタバレという酷いエントリなので注意。まずは『そして父になる』から。


『そして父になる』のオープニングはお受験の面接から始まる。福山雅治演じる父親:野々宮と6歳に面接官が尋ねる。
「お父さんはどんな人?」
「夏にいっしょにキャンプしました」

お受験面接が終わり、野々宮は息子に尋ねる。
「キャンプ行ってないよな?」
「だって塾の先生がそう言ったほうがいいって教えてくれた」
「へーそんなことまで教えてくれるんだ」

野々宮は、息子に一流の道を歩ませようと教育熱心だ。といっても実際の教育は母親に任せきり。本人は土日も仕事を入れている。

『そして父になる』は富裕層である野々宮と子供の取り違い先である低所得層の家族との対比描写が濃厚で、そこが見どころだ。低所得者層の父親を演じるのはリリー・フランキーだ。彼は社会人としてはイマイチな男だけど、少なくとも子供と本気で向き合っている。


ここからガチのネタバレ


二つの家族は中盤で子供を交換する。ここで野々宮は最大の難関にブチ当たる。血が繋がっているだけで実際は他人同然の子供に父親として接する必要があるのだ。野々宮は土日は休むことにして「どうやって父親として接すればいいのだろう?」と考えるようになる。この問題は時間が解決してくれた。交換した息子が野々宮にジャレつこうと遊びかかってくるのだ。

さらに野々宮は家族を結びつけるためにテントを購入し、キャンプの練習をする。そこで気が付くのだ。交換した今までの子供に対して自分が父親でなかったことを。そして父親になるために、野々宮は今までの子供に会いに行く。これが『そして父になる』のクライマックスだ。


もしも昨日が選べたら [DVD]

話は変わって、『もしも昨日が選べたら』は自分の生活が魔法のリモコンで操作できるようになるSFコメディ映画だ。

もしも昨日がえらべたら1

魔法のリモコンを使って自分の人生を振り返るシーン。コメント機能をONにするとジェームズ・アール・ジョーンズ(ダースベイダーの声優)が自分の人生を解説してくれる。

主人公はアダム・サンドラー演じる男で、彼は父親が低所得者(というかヒッピー)だったことがコンプレックスになっている。特にトラウマとなっているのはキャンプだ。子供のころのサマーキャンプでテントを使っているのは自分の家族だけ。他はテレビ付きのキャンピングカーで夏を満喫している。

もしも昨日がえらべたら4

魔法のリモコンのチャプター機能を使って、子供のころにキャンピングカーじゃなくてテントだった悲しい思い出を観るシーン。

アダム・サンドラー演じる主人公には二人の子供がいるが、彼は仕事を進めるために土日を犠牲にする。だから妻や子供たちとのコミュニケーションに時間を取ることができない。

もしも昨日がえらべたら8

もしも昨日がえらべたら7

子供をおざなりにしている主人公は、自分の子供と間違えてアジア人の子供に声をかけてしまう。大沢樹生騒動的な意味で泣き出すアジア人の子供。

そんな彼の目の前に、自分の人生をDVD化するドラえもんの秘密道具のようなリモコンが現れる。ちなみにドラえもんにあたるキャラを演じているのは名優のクリストファー・ウォーケンだ。

彼はリモコンを駆使して、自分の人生の面倒くさい部分を全てすっ飛ばすことにした。ところがこのリモコンには恐ろしい副作用があって…。

もしも昨日がえらべたら2

妻との口げんかが面倒なので、魔法のリモコンの機能を使って松井の試合を観るシーン………これ、いいな。仕事上の無駄話とかの時に使いたい。

『もしも昨日が選べたら』と『そして父になる』には共通点が多い。野々宮もアダム・サンドラー演じる主人公も高給取りで、仕事のために妻や子供とコミュニケーションがとれていない。さらに本人は父親との間に確執があって、それを乗り越えないと自分の子供とも向き合えない。野々宮もアダム・サンドラーも建築関係の仕事という妙な一致もある。何よりも大きな共通点は家族を象徴するモチーフがテントというところだ。

『そして父になる』は子供の取り違い騒動を経て、『もしも昨日が選べたら』はリモコンの副作用を経て、主人公が本当に父親になる姿を描く。

『もしも昨日が選べたら』はコメディアンのアダム・サンドラーが主演なので白人男性向けの内容になっている。エロネタ、人種ネタがやたら多い(特に日本人が標的になっている)。そんな作品が繊細の極みのような作品である『そして父になる』と同じことを描いているのが面白い。


オマケで、リンク先に『もしも昨日が選べたら』のラストシーンの画像を貼っておく。あまりにもサラっとしたセリフなので意味を逃しがちだけど、このセリフでアダム・サンドラーが自分の父親へのテントの恨みが感謝へ転じていることがわかる。『そして父になる』だとこういう感動シーンをサラっとではなく仰々しく描く。

テントが家族のモチーフになるのはありがちなパターンなんだけど、『もしも昨日がえらべたら』はキャンピングカーと対比、『そして父になる』は高級タワーマンションと組み合わせることで、ありがちなパターンからうまく脱却していた。

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テントと家族ネタで俺が好きなのは映画『ホリデイ』。キャメロン・ディアズ演じる未婚の女性が子供たちと一緒にテントの中に入るシーンが好き。

映画のタイトルには意味がある

日曜日, 12月 1st, 2013
映画のタイトルの意味

週刊SPA!には「映画のタイトルに騙される」というテーマで書いたけど、その逆のお話。

俺は映画のラストシーンでタイトルの意味がわかるタイプの作品が大好きだ。今年の映画だと『そして父になる』がそうだった。そんな作品はたくさんあるけどお気に入りの作品と『死ぬまでにしたい10のこと』について書く。

八日目の蝉

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『八日目の蝉』では中盤で「八日目の蝉」の意味とは「一週間を超えて一日だけ余分に景色を見ることができる幸運な蝉」と説明される。じゃあその「八日目の蝉」とは一体誰のことなのだろう?それはリンク先ネタバレ。劇中でその意味が解説されることはないけど、上映後に「そういえばタイトルの意味って何だっけ?」と考えると気が付くのが面白い。

青いソラ白い雲

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『青いソラ白い雲』は東日本大震災の影響で貧乏になってしまい、人気モデルから落ちぶれるヒロインの物語だ。劇中に、どん底から立ち直ることができるという謎の歌が出てくる。その歌の正体はヒロインがラストシーンで歌い出すことで判明する。謎の歌とはリンク先ネタバレだ。

日本に帰国して金も仕事も無くしたヒロインの決意として実にピッタリだ。有名な歌なのに、あまりにも一般的な言葉なので知っている観客でもネタバレに気が付かないというのがポイント。

死ぬまでにしたい10のこと

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SPA!のタイトルに騙されるネタでは『あなたになら言える秘密のこと』を取り上げた。この映画の監督イザベル・コイシェとヒロインのサラ・ポーリーコンビが2003年に作った『死ぬまでにしたい10のこと』は日本で大ヒットしたので、観た人も多いだろう。この映画がヒットしたのは間違いなく邦題の力だ。映画をヒットさせる素晴らしい邦題のつけ方だと思う。当時の日本は難病映画ブームだった。

でも原題の『My Life Without Me(私のいない私の人生)』も映画の内容をよく表現しているタイトルなのだ。ここからは『死ぬまでにしたい10のこと』の解説になる。

自分の人生ではない自分の人生

サラ・ポーリー演じるアンは、23歳の2児の母親。ある日体調悪くなって病院に行き、自分が癌で余命2か月程度だということを知る。そこで、アンはノートに死ぬまでにしたい10のことを書き出す。

死ぬまでにしたい10のこと1

死ぬまでにしたい10のこと2

死ぬまでにしたい10のこと3

「死ぬまでにしたい10のこと」は最初こそは娘たちを想った内容だけど、だんだんと個人的な欲求になっていく。なぜなのか?

劇中判明するけど、『My Life Without Me』のタイトルのごとくアンは自分の人生を生きてなかった。17歳のときに初めて彼氏が出来て、17歳と19歳のときに子供を出産。夫となった彼氏は良い人で家事も育児もこなすが仕事に恵まれない。だからアンが働くことで家計を支えている。アンの母親は娘に毒を吐き続け、父親は刑務所にいる。アンは家事・育児・仕事・両親に追われたまま23歳になり、そこでガンが判明した。だからアンは自分の人生を生きようとする。その結果が「死ぬまでにしたい10のこと」なのだ。

ここからネタバレ

映画のラストシーンを隠していないので注意!

最後の死ぬまでにしたいこと

映画のクライマックス、『死ぬまでにしたい10のこと』の一つである「夫と娘たちのために新しいママを見つける」が叶う。

ヒロインのアンは、出産恐怖症だけど子供好きのアン(たまたま同じ名前)という女性に自分の子供を預けていた。そして同じ名前のアンを自分の家に誘うが、具合が悪くなったヒロインのアンは倒れてしまう(医者以外は病気を知らない)。

死ぬまでにしたい10のこと4

ヒロインのアンは、自分の代わりに家族の世話をして夫や子供たちに好かれるもう一人のアンをカーテン越しに見る。夫や娘たちが「アン」と呼ぶのは別の女性。ベッドで寝込むアンは、カーテンの向こう側に自分が死んでも幸せに生きていける家族の人生を見て満足する。それが『My Life Without Me(私のいない私の人生)』の正体だったのだ。

おわり

というように一人の女性の究極の優しさが描かれた映画だ。ちなみに英語だとアンは自分のことを「You(あなた)」と呼ぶので、観客がさらに感情移入しやすくなっている………と思う(俺も最近知った)。

病気で倒れるシーンや死ぬシーンをアクション映画のようにド派手に描く日本の難病映画と違って、何もかもを淡々と描く良作だ。

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今回のエントリを書いたキッカケはSPA!で『あなたになら言える秘密のこと』をネタにして申し訳なく感じたから。

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タイトルの意味が一番すごい映画はこれ。ポーカーを知らないご婦人がテキサスの5人のギャンブラーに戦いを挑むんだけど…。

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大傑作小説。文中に「渇き」という言葉は一切出ない。本の最後だけを読んでも意味がわからない。『果てしなき渇き』の意味は最初から最後まで読まないとわからない。2014年に『渇き。』のタイトルで映画化。

「死ぬ前におっぱいが見たいです」「いいわ見せてあげる」戦火のナージャ

日曜日, 4月 7th, 2013

戦場で両足吹っ飛んだ兵士が、その場で女性衛生兵に「おっぱいを見せて」とお願いして拒否されたというニュースが世界的な話題になった。

断られたのは当然だと思う。ところで映画『戦火のナージャ(2010)』では全く同じシーンがある上におっぱいを見せる。今回はそのシーンを解説するけど………そのシーンはネタバレに直結なので以降は完全ネタバレになる。

『戦火のナージャ』は続編映画だ。第一作『太陽に灼かれて(1994)』はアカデミー賞とカンヌの両方を受賞したロシア映画の傑作。舞台は1936年のソ連で、ドミトリという男とソ連の英雄コトフがスターリンの粛清に巻き込まれる一日を描く。

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『太陽に灼かれて』は日本でも成宮寛貴(ドミトリ)と鹿賀丈史(コトフ)が舞台化したことがある。

いきなりだけど『太陽に灼かれて』のネタバレ。ラストシーンでドミトリは手首を切り、コトフは粛清されて終わる。が、20年後の続編『戦火のナージャ』はドミトリもコトフも実は生きていた!という設定だ。何じゃそりゃ。なんでそんな続編を作ってしまったのかというと、監督のニキータ・ミハルコフ(コトフ役でもある)は独ソ戦争版の『プライベート・ライアン』をやりたかったとのこと。予算集めるために過去の傑作の続編企画を立ち上げたんだろうな。

『太陽に灼かれて2』は莫大な製作費をかけた三時間の大作となった。しかし傑作だった第一作とは正反対に第二作は海外での評判が凄まじく悪い。『戦火のナージャ』は『太陽に灼かれて2』を二時間半までに編集して、コトフの娘ナージャに焦点を充てた日本独自の作品だ。

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『戦火のナージャ』。日本版はオリジナルほど評判悪くないけど、俺も大失敗作だと思う。オリジナル英語タイトルの「エクソダス」は旧約聖書に出てくる言葉で、この場合は国外脱出を意味するのかな。

『戦火のナージャ』の舞台は40年代前半の独ソ戦争だ。とにかくストーリーを省略して、一気におっぱいまで語る

父コトフと生き別れたナージャはソビエト共産党の従軍看護師になっていた。ナージャはドイツ軍の襲撃を受けた際に神父に救われたことをきっかけに洗礼を受ける。ナージャはその後も次々とドイツ軍の蛮行を目の当たりにし、発狂寸前までに追い詰められる。だがナージャは「私が生きているのは神が私を生かしたから、父と再会するのが神に与えられた私の使命」と自己解釈する………これがクライマックス。で、ラストシーンはどうなるかというと…

(PCからアクセスしている場合は画像をクリックすると拡大します)

戦火のナージャ01
戦火のナージャ02
ナージャはドイツ軍にボコボコにされた都市にたどり着き、そこで唯一生存していたソ連兵士と会う。負傷した兵士は顔を焼かれて年齢がわからない。
戦火のナージャ03戦火のナージャ04
兵士はナージャの胸元に十字架を見つけて驚く。共産党は神を否定しているのに!ナージャは慌てて十字架を胸の中に隠す。しかし胸がはだけてしまった。
戦火のナージャ05
ナージャが兵士を起こそうと抱きかかえると、兵士の背中に穴が開いていることがわかる。ここでナージャと観客はこの兵士が助からないことを悟る。しかしナージャと観客の心配をよそに、この兵士はナージャのおっぱいを意識し始める。そして…
戦火のナージャ06戦火のナージャ07戦火のナージャ08戦火のナージャ09
胸を見せてくれと懇願する兵士。戦場では人間のモラルが簡単に崩壊してしまうことを描くのか?と思いきや………
戦火のナージャ10戦火のナージャ11戦火のナージャ12
男の魂の慟哭が描かれるのであった。エロ画像が無かった当時は童貞=おっぱい知らずである。
戦火のナージャ13
戦火のナージャ14

ナージャは服を脱ぎだす。彼女は神が遣わした天使か!(すぐ天使扱いするのは日本人の悪いクセ)
戦火のナージャ15
ナージャは脱ぎっぷりが良いうえにかなりの巨乳であった。これは男のために神が与えたもうた配材であろうか。(もう一度書きますが、PCからアクセスしている場合は画像をクリックすると拡大します)
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しかしナージャが脱ぎ終わると男は死んでいた。
戦火のナージャ17
それはあまりにも無常ではないか。神がいるのなら何故戦争が起きるのか!神がいるのなら何故彼はおっぱいを知ることなく死ぬのか!ナージャの表情はわからない。
戦火のナージャ18
カメラは引いて。
戦火のナージャ19
さらにカメラは引いて。
戦火のナージャ20
まだまだカメラは引いて超ロングになる。一分くらいかかる長いシーン。
戦火のナージャ21
いきなり映画は終わる。独ソ戦はどうなるのか?ナージャは父と再会できるのか?父コトフを追うドミトリは?など何もかもが尻切れトンボとなり、続編の『城塞』へ続くが『城塞』が日本に輸入されることは無さそうだ。ちなみに『戦火のナージャ』『城塞』は評判が悪いだけではなく、莫大な製作費をつぎ込んでの大コケだった。

この胸を見せるシーンは10分に及ぶ。ここだけじゃなくて映画全体が間延びしきった演出ばっかり。致命的なのはグチャグチャになった脚本で、場面転換するたびに状況説明がないしそれ以前に状況が繋がっていない。

このおっぱいラストシーンも映画の失敗感を強めてしまっている。ただナージャと兵士の会話はちょっと面白い。兵士は神を信じていないんだけど、ナージャが信者だと知って祈りの言葉を教わろうとする。

兵士
祈りの言葉を教えてくれ
ナージャ
すべての意志を委ねよ
兵士
俺の意志に?
ナージャ
彼の意志よ
兵士
スターリンの意志か。

ナージャの言う「彼」とはもちろん神のことなんだけど、兵士はそれを「スターリン」のことだと解釈してしまう。そんな彼が死を前にしたときにおっぱいを要求するのは、宗教も独裁も超越した個人の意思を………というのは考えすぎだろうか。

ちなみにナージャ役の女優は、監督・脚本のニキータ・ミハルコフの娘。娘を使ってこんなラストシーンを………いやいや考えすぎだ。

3D映画の進化の歴史

木曜日, 3月 14th, 2013

3Dブームが本当に嫌いだった。映画秘宝の死んで欲しい投票では3D映画ブームに一票入れたし、3D映画の退化の歴史というエントリも書いた。家電製品の3Dブームなんて「話題の言葉を出せば消費者はつられて買うだろう」という発想がモロ出しで、企業がユーザメリットというものをまったく考えていない姿勢がよく出ていた。

でも去年辺りからマトモな3D映画が出てきたので、ちょっと取り上げてみる。

異世界を3Dで表現する(ジョン・カーター)

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2012年4月公開

3D映像に一番こだわっているディズニー社が2億5000万ドルという途方もない巨額を投入して爆死。史上最悪の赤字映画として悪名高い『ジョン・カーター』だけど3D映像はかなり良かった。

他の星を舞台にしているという点で『アバター』と同じ。『アバター』や『ジョン・カーター』の3D映像が素晴らしいのは、3D映像を「観客が異世界に入り込んだ感覚をより強調する」ための手段として使っているからだろう。『アリス・イン・ワンダーランド』『トロン』『オズ はじまりの戦い』と異世界を描きたいディズニーにとって3Dは相性が良いんだろうね。頑張って『ジョン・カーター』の赤字を取り戻してくれ!

映画の歴史としての3D(ヒューゴの不思議な発明)

ヒューゴの不思議な発明 3Dスーパーセット(3枚組) [Blu-ray]

2012年3月公開

『ヒューゴの不思議な発明』の中盤のネタバレです

日本ではハリポタ風な宣伝になってしまったけど、『ヒューゴの不思議な発明』は「はじまりの映画」を映画化するという大変意欲的な作品だ。

どういう事かと言うとジョルジュ・メリエスという実在の映画監督を描いているのだ。『ヒューゴの不思議な発明』を日本で例えると、なんか鉄腕アトムの絵が出てきた!え?あの近所の爺さんってもしかして手塚治虫?なんでこんなところに手塚治虫が?といった感じ。

ジョルジュ・メリエスのWikipediaから引用する

フランスの映画製作者で、映画の創成期において様々な技術を開発した人物である。パリ出身。“世界初の職業映画監督”と言われている。SFXの創始者で、多重露光(英語版)や低速度撮影、ディゾルブ、ストップモーションの原始的なものも開発した。また手で色づけしたカラー映画も作っている。撮影を通して現実を操作し変換する能力から、最初の “Cinemagician” とも称される。

つまり『ヒューゴの不思議な発明』は100年以上前の映像技術を現在の最新3D映像を使って描くという映画愛溢れる作品だったりする。またそんな素晴らしい映画を戦争が奪っていくところまで描いているのが感慨深い。

距離を3Dで表現する(アメイジング・スパイダーマン)

アメイジング・スパイダーマン [Blu-ray]

2012年6月公開

映画自体はそこまで面白くなかったけど『アメイジング・スパイダーマン』は、スパイダーマンが手前のビルから奥のビルへ飛び移る「奥行感」を3Dで上手く表現しているのが良かった。とくにクライマックスのビルにまでどうやって到達するか?のシーンは「ビルがめっちゃ遠い」という絶望感を3Dで強調していた。

時間軸を3Dで表現する(フラッシュバックメモリーズ3D)

フラッシュバックメモリーズ3D

2013年1月公開

まさか低予算の日本映画が3D映画の正解を叩き出すとは思わなかった。『フラッシュバックメモリーズ3D』はミュージシャンのドキュメンタリー映画。ドキュメンタリーなのに3D?って思ったけど、ちゃんと意味がある。取材の対象となっているミュージシャンの男性は交通事故で記憶障害になってしまったので過去を思い出せない。現在の彼はリハビリしながら音楽活動している。

『フラッシュバックメモリーズ3D』の映像を文章で説明すると、現在の彼の3D映像を手前に配置、過去の彼の記録映像を奥に背景として配置している。たったこれだけの工夫なんだけど、背景に映し出されている映像は彼が思い出すことができない過去なのだ。観客は本人以上に彼の世界に没頭できる。時間軸を表現するのに3Dを使っているのも凄いけど、広大な世界じゃなくてごく狭い世界を表現するために3Dを使っているのも面白い。

宗教体験を3Dで表現をする(ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日)

ライフ・オブ・パイ

2013年1月公開

主人公の設定が一風変わっていて、キリスト、イスラム、ヒンドゥーの3つの宗教を信仰しているというもの。主人公にとって漂流は宗教体験なのだ。で、この映画はそれを3Dを使って表現した。

ヒンドゥー教の神であるクリシュナの口の中にはあらゆる生命や宇宙が見える。という伝説があるんだけど、映画本編でも3D映像が一番効果的に使われているのはこの部分で、クリシュナの口を覗くような映像を観客にも体験させてくれる。大変素晴らしい映像なんだけど、この映像を作った会社はアカデミー賞を待たずに倒産した。この世に神はないのか!

麻薬体験を3Dで表現をする(ジャッジ・ドレッド)

posterA

2013年2月公開

最近の3D映画で面白かったのがバイオレンス・アクション映画の『ジャッジ・ドレッド』。麻薬でラリっているときの感覚を3Dで表現している。

以下の文章は強力な麻薬「LSD」のWikipediaからの引用なんだけど

日光が異常に眩しく感じ、意識がぼんやりとし、異常な造形と強烈な色彩が万華鏡のようにたわむれるといった幻想的な世界が目の前に展開していた。その状態は2時間ほど続いた。

『ジャッジ・ドレッド』は3Dを使って上記のような感覚を映像で表現する。ダメ、ゼッタイな感覚を3D料金400円で体験できると思うと安いもんだ。

3Dを使わない!(ジャッジ・ドレッド)

ジャッジドレッド

もう一回、『ジャッジ・ドレッド』。でも『ジャッジ・ドレッド』のネタバレです

3D映画がよくやる表現で「飛び降り」がある。『MIB3』なんかがわかりやすいけど、ビルから飛び降りる人を画面真下から撮影する。そうすると飛び降りる人が3Dで観客の目の前に飛び出てきてビックリする、あんまりビックリしないけど。ところが『ジャッジ・ドレッド』は3Dで飛び出させないことで観客をビックリさせる!

どういうことかというと、『ジャッジ・ドレッド』でも飛び降りのシーンがある。もちろん真下から撮影しているので観客は当然「あ、飛び降りてくる人が飛び出すんだな」と思っている。ところが飛び降りた人が地面に到達してしまい体がグチャグチャグチャグチャと潰れる(透明なガラスに飛び降りるイメージ)というショックシーンで驚かしてくる。3Dで飛び出してこないのかよ!

いまだに酷い3D映画はある。去年の『リンカーン/秘密の書』は3D映像があまりにも酷すぎて、俺は時折3Dメガネを外しながら鑑賞したほどだ。でも今回挙げた映画たちはどれも3Dを使う意味と目的がハッキリとしている。話題作りのためだけの意味の無い3D映像を見せられることはもうほとんど無いんじゃないかな。


1895年の映画『ラ・シオタ駅への列車の到着』。この映像を観て本当に列車が到着すると勘違いした観客が大パニックになったという都市伝説があるんだけど、それを連想させるような列車到着シーンが『ヒューゴの不思議な発明』にもある。もちろん列車が3Dでドンドン突っ込んでくる。単純に飛び出す3Dでも、こういう経緯があるとすごく面白い。

違いのわかる男(かぞくのくに)

日曜日, 1月 13th, 2013

かぞくのくに

映画『かぞくのくに』。一番左が妹で、その隣が北朝鮮から帰ってきた兄。

2012年のキネ旬ベスト邦画が『かぞくのくに』になった。ヤン・ヨンヒ監督の自伝的映画で、北朝鮮から病気の治療のために日本にやってきた兄との物語だ。

この映画で意味がわからなかったシーンがあった。兄を監視するために北朝鮮の怖い監視員がついて来るんだけど、その監視員が妹が働いている喫茶店でコーヒーにクリームと砂糖をガバガバ入れる。俺はこれを「北朝鮮ではクリームと砂糖が高級品なのかな?」と考えた………けど何か違うと思った。で、ツイッター上でヤン・ヨンヒ監督に質問したら答えてくれたことがある。元ツイートは中盤のシーンの詳細が「ネタバレ」として書いてあるけど、たいしたことないので読んでも大丈夫です。

ヤン・ヨンヒ監督が言うには「ブラックで飲める美味しい珈琲って”先進国”での事」ということだった。なるほど面白いシーンだと思った。北朝鮮の監視員はブラックコーヒーの味の良さがわからない、それでもミルクと砂糖を使って一生懸命にコーヒーを飲もうとする。可笑しくて面白いシーンだ。後半になると愛国心と使命感溢れる北朝鮮の監視員が○○○するシーンがあって、それには可笑しな哀しさを感じさせる。

TIME

いい酒飲ませてやったのに、マズいと言うジャスティン・ティンバーレイク。

味がわかる人=裕福、味がわからない人=貧しいというのはよくある描き方で、嗜好品であるお酒が一番よく使われる。2012年のジャスティン・ティンバーレイクのSF映画『TIME』でもそんなシーンがあった。貧困層のジャスティン・ティンバーレイクが富裕層の酔っ払いをギャングから助けて廃ビルに逃げ込む。潜伏中に富裕層の男は身に着けていたスキットル(携帯用のウイスキーボトル)でジャスティン・ティンバーレイクにお酒を飲ませてあげるんだけど、ジャスティン・ティンバーレイクはそれを飲んで思わず「マズッ」と言ってしまう。二人の収入の違いを表現しているシーンだ。

俺はせっかく食べ物がおいしい日本に生まれたのに、味の違いがあまりわからない人間だ。ネスカフェのキャッチコピーは「違いがわかる男」だけど、俺は珈琲の味の良さがわからずブラックコーヒーなんて飲めない。でも『かぞくのくに』を観て以来ブラックコーヒーを飲むようにした。違いはまだわからないけど。


大沢たかおは違いがわかる


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コーヒーを使って富裕層を描くのは『最高の人生の見つけ方』もやっていた。大金持ちのジャック・ニコルソンが上手そうに飲む高級コーヒーを、庶民だけど知識溢れるモーガン・フリーマンがツッコミ入れる。

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2012年最高の日本映画に選ばれた『かぞくのくに』。

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北朝鮮から逃げた軍人が、食糧不足の祖国を思い出しながら日本のファミレスでがっつくシーンがある。