傑作『インファナル・アフェア』のアンドリュー・ラウ監督がハリウッドに呼ばれて監督したサスペンス映画だが、珍作。リチャード・ギアの最新作でアヴリル・ラヴィーンが出演しているにも関わらず、アメリカでもまだ公開されていない(映画会社が別の監督に追加撮影と再編集を命じたため、何度か延期となって今秋公開予定)。実際鑑賞すると「そりゃあアメリカ公開は難しいわな」といった内容だった。
映画はまずまずの面白さだけど、ガチャガチャした編集でサスペンスを盛り上げるのが興ざめ。しかし本作の特異な点はそこではない。
アメリカではミーガン法というのがあって、性犯罪者の出所情報は公表されネットで閲覧できる。そしてリチャード・ギア演じる本作の主人公は、出所した元・性犯罪者たちを監視するお役所の公務員。ただし本作はこの制度そのものを描くような作品ではない。性犯罪の実態や被害者を描いた作品でもない。リチャード・ギアがひたすら元・性犯罪者たちに嫌がらせをしている映画である。
映画の本筋は誘拐事件の捜査と、元・性犯罪者たちへの憎悪に取りつかれるギアの苦しみなんだけど、その要素を無視するとギアが元・性犯罪者たちをドツキ回しているようにしか見えない。以下その路線でストーリー解説。
- リチャード・ギアが演じるお役所の公務員は今日も元・性犯罪者の所へ調査に行く。ギアの目的は元・性犯罪者たちに現在の生活状況を直接ヒアリングする。だけのはずなんだが、ギアはいきなり元・性犯罪者に平手打ちをかます!
「エロ本読んで何想像してやがんだ!」
って男だったら、誰だってエロ本読んで想像しているよ!
(しかもこれがオープニング)
-
そんな人権無視のギアの行動が当然許されるはずもない。お役所には元・性犯罪者たちが社会復帰を目指す更生セミナーからギアの過激な尋問に対する苦情が来ており、ギアは来月で仕事がクビとなることに決定。
-
ギアの仕事を引き継ぐために新人女性のクレア・デーンズ(『ロミオ&ジュリエット』のジュリエット)がやってくる。ギアはクレア・デーンズを連れてヤサ男(元レイプ犯)の所へ連れて行く。そのヤサ男が、ギアたちの州に移って来たのだ。アメリカは出所した性犯罪者たちの情報を公開しているので、彼らが引っ越ししたらすぐにわかる。ギアは引っ越し直後のヤサ男に早速尋問。
-
ヤサ男はアヴリル・ラヴィーンと付き合っていた。ギアは
「お前が女と付き合うなら、女に暴力を振っているに違いない!おいそこの女!服を脱いで痣を確認させろ!」
とアヴリル・ラヴィーンに命令したので、アヴリル・ラヴィーンのストリップが始まる。が、単に服をパタパタさせているだけだった。
アヴリル・ラヴィーンはよっぽど演技が下手なのか、セリフがない。
-
あまりにも酷いギアの仕事振りにクレア・デーンズは疑問を唱える。しかしギアはクレア・デーンズに対して
「前髪が顔にかかっているぞ。すぐに髪型変えろ!」
って干渉しすぎ。
【以下ネタバレ】
-
クレア・デーンズはギアの馴染みの美容師(女性)の所へ連れてかれた。クレア・デーンズは美容師に髪をジョッキンジョッキン切ってもらいながらギアの話を聞く。
「昔、女性を監禁して耳や髪や足や手を一週間かけて切り落として最後に殺す連続殺人があった。犯人は男だが共犯は妻だった。男は死刑執行済みだが、妻は司法取引で懲役2年。その美容師が妻だ。」
動揺するクレア・デーンズ。しかも美容師の手元が狂ってクレア出血。
-
ギアはクレア・デーンズに、その美容師へ生活状況を尋問するように命令する。いやちょっと待てよ。性犯罪とは関係ないじゃん!(一応死刑となった夫が婦女暴行未遂もやらかしていたという説明はあるが)
-
美容師と二人きりになったクレア・デーンズ(カットの途中で変な髪形)。しかし美容師は夫からの暴力のせいで、殺人事件への加担へ強制されていたのだった。しかもギアが毎週のように尋問に来るので精神的にマイっていた。ギアの尋問が度を過ぎている事を認めたクレア・デーンズ(カットの途中で変な髪形)は美容師に同情する。
-
ギアは毎日毎日ペンで新聞をチェックして性犯罪者たちの情報を集めていた。ネット使えよ!。
-
お役所仲間たちはクビになるギアのためにお別れパーティーを開いてあげる。しかしギアはパーティーに出なかった。何故ならギアは元・性犯罪者をバットでぶん殴りに行ったからだ。
-
ギアは元・性犯罪者(先ほどのヤサ男)を車で尾行し、覆面被って襲撃。バットでボッコボコにして重傷を負わして逃亡。街中は突然の凶行で騒然となるが、ギアの襲撃は成功した。ギアが極悪人に見えるが、まあスパイダーマンも似たようなことやっているんだよね。
-
若い女性が行方不明になる事件が起きた。家出か誘拐かわからないが、ギアは
「犯人は元・性犯罪者なんだ!」
と勝手に推理を立てて女性の両親の家へ行く。警察は怒って追い返す。しかも女性が消える事件が起きるたんびにギアは同じような行動を取っていたことも判明。元・性犯罪者たちの情報くらい警察も持っているのでエラい迷惑である。
-
こうしてクレア・デーンズの
「私達は公務員で、捜査は仕事じゃない」
というごもっともな意見は無視されて、ギアはクレア・デーンズを連れ回して女性の行方不明事件を勝手に捜査することにした。
-
女性が消えた地点では列車が走っていたので、列車の運転手に目撃情報を聞くといったありがちな捜査が展開される。
ちなみにギアはいつも銃を持ち歩いている。
-
普通の公務員であるギアには、誘拐事件の捜査なんて出来るわけがない。ということで、ギアは自分の監視対象の元・性犯罪者たちを脅して協力させることにした。
-
そこで一人の元強姦魔が怪しいと踏んだ。ギアとクレア・デーンズはその元強姦魔のいるSMクラブに行く。このSMクラブはどの部屋も出入り自由という安心して遊んでいられない場所である。
-
どーでもいいんだけど、このSMクラブでは今まで見たことがないSMプレイが登場する。天井から吊るされたM男たちがメリーゴーランドみたいにクルクル回っているのだ!これは笑った。
-
SMクラブには元強姦魔がいたんだけど、逃げられてしまう。元強姦魔に逃げられたギアは、クレア・デーンズの家に行って
「コーヒー飲ませてくれよ!」
コーヒー飲んでそのままクレア・デーンズの家で寝る。(注:二人には恋愛感情は一切ない。)
-
クレア・デーンズも自分の部屋で寝たが、起きると目の前に猛犬がいた。SMプレイを邪魔された元強姦魔の嫌がらせだった。猛犬を追い出そうとして咬まれたギア重傷。
-
そもそも「女性が消えた」だけであって「元・性犯罪者に誘拐された」というのはギアの勝手な主張。クレア・デーンズは捜査に乗り気じゃない。さらに荒みきったギアは街中でイチャついているカップルもドツくようになり、もう手に負えない。
-
そして消えた女性本人から電話がかかってきて、単なる家出だということが判明した。警察も捜査を終了した。度重なるギアの暴行行為もお役所にバレており
「引き継ぎもいらんから、もうおまえは仕事するな」
的な話に。
-
しかしギアは依然誘拐説を主張。
「消えた女性は銃で脅されて電話をかけたんだ」
と主張する。そんな主張は当然誰も同意しない。クレア・デーンズにも理解してもらえなかった。そこでギアは自分の主張を理解してもらおうと「これ、リチャード・ギアのキャリアに傷がつかないか?」っつーくらいとんでもない方法を試すことにした!
-
それはギアが女性の家に忍び込んで実際に女性を銃で脅してみることだった。
気の毒な実験の被害者になったのはクレア・デーンズ。彼女が夜中家にいたら、背後から銃を持ったギアが登場!。
-
奇行どころか凶行に及んだギアに、クレア・デーンズマジギレ。クレア・デーンズは恐怖と怒りのあまり泣きながら猛抗議。ギアを家から叩き出す。
しかし朝になるとクレア・デーンズの自宅にギアがやっぱり突然現れる。クレア・デーンズはもう諦めてギアに協力することにした。
-
ギアは捜査に協力する舎弟を集めるために、さらに元・性犯罪者たちを脅す。どうでもいいが、この映画は元犯罪者が大量に出てくる割には、更生に成功した人間が一人もいない。
-
ギアたちの調査の結果、前半で登場した美容師が怪しいという事がわかった。ギアとクレア・デーンズは美容師の家に不法侵入してアルバムを勝手に開けるわ、パソコンを勝手に調べるわ、ドラクエの勇者なみにやりたい放題。
-
そこで美容師の正体がわかった。実は女性を切り刻んで殺していたのは(夫ではなくて妻の)女性美容師本人だった。美容師は性犯罪者たちの出所情報をネットで集めて、同志となる性犯罪者たちを募集(ヤサ男や元強姦魔)。彼らに女性を誘拐させて、切り刻もうとしたのだ。実は性犯罪者たちの出所情報は悪用されていたのだった!出番とセリフがほとんどないアヴリル・ラヴィーンは既に殺されていた。
ちなみにどうして美容師がそんな性格になってしまったかというと、夫に殺人級の暴力を受けているうちに、マトモな人格が死んでしまったという酷い話。
-
早くしないと消えた女性が殺されてしまう!しかし美容師の居場所がわからない!どうやって調べる?そうだ!美容師が元・性犯罪者たちを募集していたのなら、元・性犯罪者たちに美容師の居所を知っているヤツがいるかもしれん!
-
ここでリチャード・ギアは全観客が唖然とするとんでもない方法を思いついた!それは社会復帰しようとしている元・性犯罪者達の更生セミナーに銃を持って殴り込むことだった!
-
更生セミナーにカチコミかけたギアは、その場にいた全員を銃で脅す!銃を突き付けられてパニックになる元・性犯罪者たち。だがみんな美容師の居場所は知らない。業を煮やしたギアは、適当な一人に銃を向けて弾が当たらないように発砲。
そしたらビビって泣き出した元・性犯罪者が美容師の居所を白状した。
-
こうして美容師はギアに確保され、誘拐された女性は無事に解放された。美容師の仲間の性犯罪者たちは仲間割れで殺しあって、勝手に死んでいた。
-
ギアは美容師を処刑しようとする。が、クレア・デーンズが止める。が、クレア・デーンズは美容師を鉄拳制裁。ジュリエットも成長したなぁ。
その後ギアがどうなったかはわからない。ついでに言うと「誰かが新聞紙を使ってギアを追い詰めようとしたが、ギアの被害妄想かもしれない」というプロットもあったんだが、それも曖昧なまま終わる。
オマケ:
ちょっと呆れた文章発見。以下は宮台真司氏のアンドリュー・ラウ監督『消えた天使』の解説を書きましたからの引用。読むのが非常にメンドイ。
エロル(ギア)の英雄ぶりを日本人が理解できるか
〈社会〉でマトモだとされる感情プログラムのインストールに失敗したコミュニケーション困難な存在を〈脱社会的存在〉と私は呼ぶ。
(中略)
但し常人的感情プログラムを超えることと犯罪を犯すことは直結しない。「柔和な〈脱社会的存在〉」があり得るのだ。
(中略)
政治家であれ市民であれかかる「社会性を帯びた脱法行為」の社会性を担保するものは何かが問題になる。逆説的だがこの社会性は〈脱社会的存在〉――ビオラに同類だと詰られたエロルの如き――こそが最もよく帯び得る。〈社会〉のありそうもなさを誰よりも弁えるからだ。それだけでは足りない。ありそうもない〈社会〉にコミットするにはそれを神の被造物と見做すが如き宗教性が必要になる。
犯罪や逸脱など無秩序が異常なのではなく、秩序が成立していることの方が異常だとする発想を、社会学ではデュルケーム的伝統と呼ぶ。政治学では自然法を重視するロックでなく、自然権を重視するホッブズ的な伝統に連なる。現にホッブズは君主を市民的善悪を超えた怪物(リヴァイアサン)と見做す。怪物が猫の皮を被った時にだけ秩序は有効に護持される。
(中略)
非常時を起点とした思考伝統が覆う米国ではエロルはやはり英雄なのだ。
その意味で、平時におけるセルフイメージの維持に汲々とするだけの日本の自称左翼や自称右翼すなわち日本の自称左翼や自称右翼すなわちヘタレ左翼やヘタレ右翼には、アンドリュー・ラウ監督が米国映画を作るに際し、なぜ性犯罪累犯者とメーガン法を素材としたのかは、永久に理解できないことだろう。
って、この人は本当に映画を観たのか?映画会社もこんな自分の思想的主張ばっかで小難しいだけの文章を書く奴に解説書かせるなよ(それが許されるのは観客だけだ)!書かせるんだったら、宮台真司氏にわかりやすい文章を書けるプログラムをインストールさせてからにしてくれ。
中国系のアンドリュー・ラウが描いたのは、凶悪性犯罪という業(カルマ)に囚われてしまうギアの姿であり、アメリカン・ヒーローでは無いし、そこに政治思想や社会思想は関係無い。それに劇中登場するアメリカ的な登場人物は、法に則った人物でありながら非常時には法を逸脱し、観客の意志を代弁して美容師をぶん殴り、ラストシーンで自分の生き様を見つけるクレア・デーンズのほうだろ。映画を理解できずに「右翼や左翼は本作を理解できない」という結論を、本気で書いているのが恐ろしい。
2007-08-28
はてブ|
▼この記事の直リンク先