彼はいま素直になれていません

上映前に解説が流れる外国映画がある。三国志時代を描いた『レッド・クリフ』やナチスドイツ時代を描いた『ワルキューレ』の上映前には歴史背景の解説がある。この解説はもちろん日本オリジナルだ。『レッド・クリフ』や『ワルキューレ』は外国の歴史を扱った映画なので、日本人向けの解説を入れるのは理解できるんだが……トリック映画の『シャッター・アイランド』の上映前に映画のトリックに関する解説が流れたのは驚いた。そういえば『シックス・センス』が流行っていた頃は本編が始まる前に「結末を誰にもバラさないでください」とハッタリ的な注意書きが出てくる映画があった。『シャッター・アイランド』も同じようにハッタリ的な効果を狙っている(と思う)ので、トリック解説を批判するつもりはない。でも俺はトリック解説よりも別の注意書きの存在にちょっと違和感を感じた。こんな意味の注意書きが出てきたのだ。

登場人物の表情や目の動きに注意してご鑑賞ください

え?それって注意書きが必要なの?いや、これもハッタリの意味で注意書きを出したんだと思うけど。『シャッター・アイランド』には次のようなやり取りがある。レオナルド・ディカプリオ演じる捜査官が取り調べをしているシーンで
「あなたはレディスという男を知っているか?」
と聞き出す。そこで相手が
「知らない」
と答えるのだが、その表情がわかりやすいくらい強張っている。つまりその人物は「レディス」を知っている上に、「レディス」という質問に何か恐怖しているのだ。怪しい!注意書きを出した理由はこういったシーンがいくつかあるからだろう。でも映画を観るときに役者の表情から感情を読み取るなんて当たり前じゃん!少なくともアメリカ人たちは注意書き無しで『シャッター・アイランド』を観ているのだ。


シャンパン

とあるアメリカ映画の1シーン

とあるアメリカ映画を観に行ったときのお話。友人が自殺してしまった主人公が、友人の家に入って冷蔵庫をガチャっと開けるシーンがあった。そこにはシャンパングラスが2つ冷やされていて、主人公はシャンパングラスをジッと見つめるのだ。で、映画が終わると近くの観客たちが「あのシャンパングラスって結局なんだったの!」「わかんないよねー」と話し会っていた。あのシャンパングラスを見つめる意味は

  1. 自殺した友人は一人暮らし
  2. 友人はとある裁判の原告と合う予定だった
  3. で、シャンパングラスが2つ冷やしてある
  4. そんな時に自殺するのおかしい
  5. 自殺じゃなくて、殺されたのでは?
  6. というかシャンパンを開けて何を祝うつもりだった?
  7. もしかして裁判に大逆転できるほどの証拠が手に入っていたのか?
  8. ってことは殺したのは被告側?

と、冷えたシャンパングラスを映しているだけで、セリフが無くても主人公の推理が観客に伝わってくる素晴らしいシーンだと思った。劇中ではシャンパンにまつわる会話が自殺直後に出てくるので、上記の推理は意識せずとも出来ると思う。でも俺の近くにいた観客はそれが出来なかった。

もちろんこの映画を観たアメリカ人にもシャンパングラスの意味がわからない人はいるだろう。だけど今の日本の大衆向け映画だったら、シャンパングラスを見つめているだけじゃなくて、主人公が説明的な独り言をつぶやく演出をやりそうである。


以下は映画『UDON』の中盤のネタバレ。

映画『UDON』の主人公:ユースケ・サンタマリアは莫大な借金を抱えているのだが、父親が勝手に返済してしまう。ユースケ・サンタマリアと父親は仲が悪いので、ユースケ・サンタマリアは怒り出してしまう。そのシーンを小西真奈美が解説するのだ。

その時の彼は”ありがとう”そう素直に言えない自分に誰よりも腹を立てていたのだと思います。

うどん

『UDON』は全編こんな感じである

いや、そんなの解説する必要ないだろ。それを表現するのが演出であり演技じゃないの?このように『UDON』では、そのシーンの感情や意味を常に小西真奈美が解説する。映画館で観た時はこの解説に唖然とさせられたけれど、もし『UDON』をDVDで観ていたら、唖然とする前に「あれ?小西真奈美のコメンタリー機能がONになったのか?」と思い込んだかもしれない。

大衆向けの日本映画は誰でもわかるように作られており、演技や演出を理解できなくてもセリフで説明してくれる。作り手だけが悪いとは思わないが、俺はこういうセリフを「フールプルーフ」と勝手に呼んでいる。設計用語のフールプルーフとはちょっとズレるけど。ちなみにバッド・ムービー・アミーゴスはこの風潮を、目をつぶって鑑賞しても映画の内容がわかるという意味で「バリアフリー」映画だと批判した。

前述の小西真奈美の解説については「何で破壊屋は批判するの?あったほうがわかりやすいよ」と思っている人もいるだろう。『GOEMON』の紀里谷和明のように、セリフでテーマを説明する脚本を批判されると、「セリフでテーマを説明して何が悪いの?」と逆に聞き返してくる映画監督も出てきた。俺もバカみたいにわかりやすい映画は大好きである。でもドラマを組み立てていくような映画で説明セリフが出てくるとシラける時があるのも事実だ。人間の表情やシャンパングラスを映しているだけでも、雄弁に語ることはできるのに。

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