3Dブームが本当に嫌いだった。映画秘宝の死んで欲しい投票では3D映画ブームに一票入れたし、3D映画の退化の歴史というエントリも書いた。家電製品の3Dブームなんて「話題の言葉を出せば消費者はつられて買うだろう」という発想がモロ出しで、企業がユーザメリットというものをまったく考えていない姿勢がよく出ていた。
でも去年辺りからマトモな3D映画が出てきたので、ちょっと取り上げてみる。
- 異世界を3Dで表現する(ジョン・カーター)
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2012年4月公開
3D映像に一番こだわっているディズニー社が2億5000万ドルという途方もない巨額を投入して爆死。史上最悪の赤字映画として悪名高い『ジョン・カーター』だけど3D映像はかなり良かった。
他の星を舞台にしているという点で『アバター』と同じ。『アバター』や『ジョン・カーター』の3D映像が素晴らしいのは、3D映像を「観客が異世界に入り込んだ感覚をより強調する」ための手段として使っているからだろう。『アリス・イン・ワンダーランド』『トロン』『オズ はじまりの戦い』と異世界を描きたいディズニーにとって3Dは相性が良いんだろうね。頑張って『ジョン・カーター』の赤字を取り戻してくれ!
- 映画の歴史としての3D(ヒューゴの不思議な発明)
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2012年3月公開
『ヒューゴの不思議な発明』の中盤のネタバレです
日本ではハリポタ風な宣伝になってしまったけど、『ヒューゴの不思議な発明』は「はじまりの映画」を映画化するという大変意欲的な作品だ。
どういう事かと言うとジョルジュ・メリエスという実在の映画監督を描いているのだ。『ヒューゴの不思議な発明』を日本で例えると、なんか鉄腕アトムの絵が出てきた!え?あの近所の爺さんってもしかして手塚治虫?なんでこんなところに手塚治虫が?といった感じ。
フランスの映画製作者で、映画の創成期において様々な技術を開発した人物である。パリ出身。“世界初の職業映画監督”と言われている。SFXの創始者で、多重露光(英語版)や低速度撮影、ディゾルブ、ストップモーションの原始的なものも開発した。また手で色づけしたカラー映画も作っている。撮影を通して現実を操作し変換する能力から、最初の “Cinemagician” とも称される。
つまり『ヒューゴの不思議な発明』は100年以上前の映像技術を現在の最新3D映像を使って描くという映画愛溢れる作品だったりする。またそんな素晴らしい映画を戦争が奪っていくところまで描いているのが感慨深い。
- 距離を3Dで表現する(アメイジング・スパイダーマン)
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2012年6月公開
映画自体はそこまで面白くなかったけど『アメイジング・スパイダーマン』は、スパイダーマンが手前のビルから奥のビルへ飛び移る「奥行感」を3Dで上手く表現しているのが良かった。とくにクライマックスのビルにまでどうやって到達するか?のシーンは「ビルがめっちゃ遠い」という絶望感を3Dで強調していた。
- 時間軸を3Dで表現する(フラッシュバックメモリーズ3D)
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2013年1月公開
まさか低予算の日本映画が3D映画の正解を叩き出すとは思わなかった。『フラッシュバックメモリーズ3D』はミュージシャンのドキュメンタリー映画。ドキュメンタリーなのに3D?って思ったけど、ちゃんと意味がある。取材の対象となっているミュージシャンの男性は交通事故で記憶障害になってしまったので過去を思い出せない。現在の彼はリハビリしながら音楽活動している。
『フラッシュバックメモリーズ3D』の映像を文章で説明すると、現在の彼の3D映像を手前に配置、過去の彼の記録映像を奥に背景として配置している。たったこれだけの工夫なんだけど、背景に映し出されている映像は彼が思い出すことができない過去なのだ。観客は本人以上に彼の世界に没頭できる。時間軸を表現するのに3Dを使っているのも凄いけど、広大な世界じゃなくてごく狭い世界を表現するために3Dを使っているのも面白い。
- 宗教体験を3Dで表現をする(ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日)
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2013年1月公開
主人公の設定が一風変わっていて、キリスト、イスラム、ヒンドゥーの3つの宗教を信仰しているというもの。主人公にとって漂流は宗教体験なのだ。で、この映画はそれを3Dを使って表現した。
ヒンドゥー教の神であるクリシュナの口の中にはあらゆる生命や宇宙が見える。という伝説があるんだけど、映画本編でも3D映像が一番効果的に使われているのはこの部分で、クリシュナの口を覗くような映像を観客にも体験させてくれる。大変素晴らしい映像なんだけど、この映像を作った会社はアカデミー賞を待たずに倒産した。この世に神はないのか!
- 麻薬体験を3Dで表現をする(ジャッジ・ドレッド)
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2013年2月公開
最近の3D映画で面白かったのがバイオレンス・アクション映画の『ジャッジ・ドレッド』。麻薬でラリっているときの感覚を3Dで表現している。
以下の文章は強力な麻薬「LSD」のWikipediaからの引用なんだけど
日光が異常に眩しく感じ、意識がぼんやりとし、異常な造形と強烈な色彩が万華鏡のようにたわむれるといった幻想的な世界が目の前に展開していた。その状態は2時間ほど続いた。
『ジャッジ・ドレッド』は3Dを使って上記のような感覚を映像で表現する。ダメ、ゼッタイな感覚を3D料金400円で体験できると思うと安いもんだ。
- 3Dを使わない!(ジャッジ・ドレッド)
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もう一回、『ジャッジ・ドレッド』。でも『ジャッジ・ドレッド』のネタバレです
3D映画がよくやる表現で「飛び降り」がある。『MIB3』なんかがわかりやすいけど、ビルから飛び降りる人を画面真下から撮影する。そうすると飛び降りる人が3Dで観客の目の前に飛び出てきてビックリする、あんまりビックリしないけど。ところが『ジャッジ・ドレッド』は3Dで飛び出させないことで観客をビックリさせる!
どういうことかというと、『ジャッジ・ドレッド』でも飛び降りのシーンがある。もちろん真下から撮影しているので観客は当然「あ、飛び降りてくる人が飛び出すんだな」と思っている。ところが飛び降りた人が地面に到達してしまい体がグチャグチャグチャグチャと潰れる(透明なガラスに飛び降りるイメージ)というショックシーンで驚かしてくる。3Dで飛び出してこないのかよ!
いまだに酷い3D映画はある。去年の『リンカーン/秘密の書』は3D映像があまりにも酷すぎて、俺は時折3Dメガネを外しながら鑑賞したほどだ。でも今回挙げた映画たちはどれも3Dを使う意味と目的がハッキリとしている。話題作りのためだけの意味の無い3D映像を見せられることはもうほとんど無いんじゃないかな。
1895年の映画『ラ・シオタ駅への列車の到着』。この映像を観て本当に列車が到着すると勘違いした観客が大パニックになったという都市伝説があるんだけど、それを連想させるような列車到着シーンが『ヒューゴの不思議な発明』にもある。もちろん列車が3Dでドンドン突っ込んでくる。単純に飛び出す3Dでも、こういう経緯があるとすごく面白い。