[タイトルを聞いただけでオチが想像つく映画も珍しいな]。日本映画用の脚本自動生成プログラムとかいうのがあって、それで脚本を作ったんじゃね?と思ってしまうほど適当な脚本の映画だった。
しかしだ。ラストシーンが凄く素晴らしい。泣かせに来ているのか笑わせようとしているのかサッパリわからんラストシーンだが、まあ結果を言ってしまえば笑える。ネット上の「252で泣きました!」系の感想を調べると「でもラストシーンで泣くの止めました」というのがいくつか出てきた。そんくらいインパクトの強いラストシーンなのだ。
というわけで『252 生存者あり』のラストシーンだけを解説する。
『252 生存者あり』を未見の人か、『252 生存者あり』が泣ける映画だと思っている人は以下を読まないでください。
映画のクライマックスでは、地盤が崩れたために伊藤英明と山本太郎が新橋の地下に埋まってしまう。大量に集まったレスキューたちもその惨状にショックを受けてシーンとする。そして泣きだす伊藤英明の娘。僕はここで
「どうせここで誰かが”252 生存者あり!”って叫ぶんだろ?」
と思っていた。確かにその通りだったが、その後の展開は僕の予想を完全に超えるものだった。
『252 生存者あり』のラストシーンは、よくある駄作のように演出に失敗して爆笑するわけではない。演出に大成功しているからこそ爆笑できるのだ。
泣ける映画として宣伝している『252 生存者あり』や『赤い糸』を観たら爆笑したけど、気楽に楽しめるはずの『K-20 怪人二十面相・伝』を観ると重い気分になった。最近の日本映画はジャンルが逆になってないか?
2009-01-09