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ムカつくけど映画として面白い『ザ・コーヴ』

金曜日, 6月 18th, 2010

日本のイルカ漁の実態を暴いた『ザ・コーヴ』を試写会で観た。感想は「ムカつくけど映画として面白い」だ。

ザ・コーヴ

フランス版のポスター。リュック・ベッソンは映画の配給権を買っただけなのに堂々と彼の名前が。

『ザ・コーヴ』の主人公

『ザ・コーヴ』の主人公はイルカに対して罪を背負っている人間だ。主人公はリック・オバリーというイルカの元調教師で、彼が調教したイルカのテレビシリーズ『わんぱくフリッパー』は大成功し、イルカショーが世界的ブームとなった。そのことを誰よりも悔やんでいるのはリック・オバリー本人なのだ。そして彼はイルカの解放運動のために世界中を飛び回ることになる(お金はどこから出ているのだろう?)。

ザ・コーヴ=太地町の入り江

和歌山県の太地町ではイルカの追い込み漁をやっている。イルカの追い込み漁とは、イルカの聴覚の鋭さを利用して漁師たちが音を使ってイルカを追い込むのだ。イルカ愛好家たちは「なんて残酷なんだ!」と憤る漁だが、俺には漁師たちの知恵の技にしか見えん。で、追い込まれたイルカを待ち構えているのはイルカの調教師たちだ。彼らはイルカショー用のイルカをここで捕えて、世界中に輸出しているのだ。だが調教用に選ばれなかったイルカたちは誰も立ち入ることが出来ない入り江に連れていかれる。その入り江では何が行われているのか?これが映画のハイライトとなる。

『ザ・コーヴ』が他に描いていること

『ザ・コーヴ』の批判の的になるのは太地町だけではない。IWC(国際捕鯨委員会)も対象になる。なぜならIWCが規制しているのはクジラであり、イルカが含まれていないからだ。また捕鯨に賛成するカリブの小国が日本からの資金援助を受けている点も痛烈に批判されている。余談だが、IWCで日本を支持する人たちがみんな黒人なので、同じ有色人種としてちょっと嬉しくなってくる。ちょっと『アウトレイジ』っぽいけど。

また『ザ・コーヴ』は日本人自身もイルカ漁についてよくわかっていないという現状や、魚介類の水銀汚染の実態を描く。

『ザ・コーヴ』の問題点

『ザ・コーヴ』は色々な問題点をはらんでいるが、俺が大きな問題だと感じたのは

  • イルカが人間よりも素晴らしい生物だということが前提になっている
  • イルカ漁をする側の視点が欠けている

の2点だ。この2点が『ザ・コーヴ』に対して不愉快な気持ちを抱く最大の原因でもある。

イルカは人間よりも素晴らしい

『ザ・コーヴ』の前半はイルカ賛美のシーンが多い。俺は「イルカは人間よりも賢い」とか言っている人間は、UFOや超能力を使って新興宗教を広めようとしている人間と同じタイプだと思っている。

劇中ではこんなシーンがある。二枚の板を用意してイルカが片方の板をつつくと「イルカは人間よりも賢いのです」というナレーションが入るのだ。イルカが二枚の板の区別をつけたということだが、それだけで人間よりも頭がイイなんてほとんどギャグである。「確かにオマエよりは頭良さそうだな」くらいしか言えない。

またリック・オバリーは「イルカは自殺する」説を強く主張している人間だ。そもそも彼が調教していたキャシーが鬱になって自殺したことをきっかけに、リック・オバリーは心を入れ替えるのだ。調教していたキャシーが自殺っていうのフランス書院みたいな文章だけど、キャシーはイルカのことね。でも俺にはこのシーンがリック・オバリーの思い込みにしか見えなかった。

他にも「イルカと触れ合うのが大好きなの」(←俺もイルカが大好物!って言いたい)「イルカはサーファーをサメから守ってくれる」と次々にイルカの素晴らしさが語られてウンザリしてくる。これらのイルカ賛美はイルカ漁の残虐さをアピールするための効果的な伏線となっている。

イルカ漁をする側の視点が欠けている

『ザ・コーヴ』と似たような反発を食らったドキュメンタリー映画に『靖国 YASUKUNI』があるが、『靖国 YASUKUNI』は中国人監督が靖国神社を理解しようと努力している部分もある。しかし『ザ・コーヴ』にはそんな努力がない。攻撃的なドキュメンタリー映画といえばマイケル・ムーアだ。だが取材対象へ徹底した攻撃をするマイケル・ムーアでも、取材対象の言い分を聞いて上手く揚げ足を取る。しかし『ザ・コーヴ』にはそんな前段階がない。

『ザ・コーヴ』のスタッフたちの目的は、あくまでもイルカ漁の実態を暴くことであり、イルカ漁の言い分を聞くことではないのだ。映画の作り手が中立に徹する必要はないが、『ザ・コーヴ』ではイルカ漁をする人たちとイルカ愛好家たちのコミュニケーションがまったく成立していない。そのためイルカ漁の成り立ちが全くわからないのだ。

『ザ・コーヴ』のように他者を徹底攻撃するドキュメンタリー映画といえば、ドキュメンタリー映画史上の最高傑作『ゆきゆきて神軍』がある。『ゆきゆきて神軍』は同じ戦場にいた者同士のやり取りなので、『ザ・コーヴ』と比べることが出来ないんだけど、両方とも食肉問題の映画だねぇ。

サスペンス映画としての『ザ・コーヴ』

『ザ・コーヴ』がアカデミー賞まで受賞したのはサスペンス映画としても面白いのが大きな要因だろう。入り江を撮影するために色々と準備するシーンは、悔しいが確かに面白い。劇中でも『オーシャンズ11』との比較が語られるが、本当に『オーシャンズ11』のようになっていて笑えた。ILMに行って特殊カメラを作るシーンも面白い。夜間作戦を決行して夜が明けると警察がやってくるシーンは、完全にハリウッド映画の展開になっている。

ただ潜入シーンはちょっと編集がガチャガチャしすぎていて、海外で評価されているほど面白くなかった。でも海外の人から見ると「外国の警察に逮捕されるかもしれない」というのはそりゃ凄い恐怖なので、そこらへんがサスペンスフルに感じられるのかもしれない。

盗撮について

上映妨害運動している右翼たちは盗撮を問題視しているが、俺にはそこまでの問題に思えなかった。町側が立ち入り禁止にしたとはいえ、海岸で行われている漁を撮影したことで罪に問うのは難しいと思う。ただ砂浜にも隠しカメラと隠しマイクを仕掛けて漁師たちの日常会話を盗聴しているのはやり過ぎている。

動物を殺して食べるということ

人間がたんぱく質を摂取するのは当然のことだ。そのために動物を殺して肉を食べている。海に囲まれている日本では自然と海産物がその供給源になり、そこにイルカが含まれる地域も出てくる。俺は『ザ・コーヴ』のクライマックスの海が血だらけになるイルカの屠殺シーンを観ても「漁師の仕事も大変だなぁ」くらいにしか思わなかった。だけどこれがネコやサルやリスが泣きながら殺されている屠殺シーンだったら俺も辛いと思うだろう。でも世界にはネコやサルやリスの肉を使った料理もある。自分が好きな動物だから屠殺なんて見たくない!肉なんて絶対に食べない!というのは当然の感情だから、イルカ愛好家たちの憤りと悲しみもよくわかる。でも自分の動物の好みを他人に押し付けるのはやめるべきだ。

『ザ・コーヴ』から学べること

こんな映画にも唯一真剣に考えさせられた主張があった。それは魚肉の水銀汚染についてだ。

残念なことに劇中語られるイルカ肉の水銀値にはあやふやな要素があるらしく、上映前後に断り書きが入る。というか他にもいろんな数値があやふやなのが、水産庁と『ザ・コーヴ』スタッフ双方にとっての問題点だ。

ただ人間もイルカも食物連鎖の頂点にいるために、体内には水銀が溜まっていく。海に囲まれている日本人だからこそ、安全に海産物を食べるためにこの辺りの問題をはっきりしてもらいたいし、そこを監視していくのは外国人よりも日本人が真っ先にやるべきだと思う。『ザ・コーヴ』の劇中では日本の過去の水銀問題(水俣病)や、日本政府のウソなども持ち出してきていて迫力があった。

ボカシが増えている?

モバイルサイト『映画野郎』(iモードのみ)の映画ライター藤渡和聡さんによれば『ザ・コーヴ』は以前よりもボカシが増えているらしい。ボカシが増えたのはイルカ肉給食に反対した太地町内の議員とのこと。『ザ・コーヴ』絡みで愛国運動が起こった状況では、やはり身が危険になってしまうのだろうか。残念なことだ。

その他
  • 俺は聞き取れなかったんだけど、漁師たちを「Japanese mafia」と呼んでいるシーンがあるらしい。『ザ・コーヴ』のスタッフたちは町の旅館に泊まっているので、マフィアらしくイルカの生首を彼らの布団に入れておくというのはどうだろうか。『ゴッドファーザー』みたいに。
  • 『ザ・コーヴ』よりも上映妨害運動のほうがムカつく。配給会社には何とか頑張ってもらいたい。
  • ちなみに俺のスタンスは「クジラの肉をおいしく食べながら『ザ・コーヴ』の公開を応援する」というタチの悪い立場です。沖縄でイルカ肉も食べたことあるんだけどマズかった……。

ザ・コーヴ

日本版のポスター。鍋からイルカが出てくる面白いデザイン。

鯨大和煮(12缶)