Archive for the ‘ネタ文章’ Category

イルカとサメ

木曜日, 9月 30th, 2010

悪いことしましョ

『悪いことしましョ』より、イルカを愛しすぎていてウザい男

『ザ・コーヴ』の映画本編を観ていない人は「盗撮だ!」って騒いでいる。でもイルカ漁妨害行為で警察沙汰としてヤバそうなのは囲いの破壊活動のほうだ。イルカ漁反対の人たちはイルカを解放するために、海外の研究施設やイルカ漁の囲いを破壊しているのだ。で、やっぱり太地町では今年もやられたとのこと。今後の対策として囲いの中にイルカじゃなくて凶暴なサメを入れておくというのはどうでしょうか。あとはもうイルカを調教して、人間を襲うようにしておくとか。

誰でも人質

日曜日, 9月 26th, 2010

君塚良一の脚本ですごく嫌いなのは「緊張感をセリフだけで無理やり盛り上げる」という部分だ。最悪のクソ映画『恋人はスナイパー 劇場版』は、「日本国民1億3千万人を誘拐する」という設定。どういう事件かというと、犯人が無差別殺人をして「無差別殺人を止めて欲しければ要求に従え」と言ってくる。その時に警察上層部が「これは誘拐事件だ、人質をさらうだけが誘拐ではない」とムチャクチャなことを言うのだ。このセリフで観客は「なんて恐ろしい誘拐事件なんだ!」と思わなきゃいけないんだけど、とてもじゃないけどそうは思えない。思ってくれる映画に優しい観客もいるだろうが、少なくとも俺はガッカリきた。

このプロットは君塚良一の『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ! 』でも使われていて、無差別事件が起きると警察上層部が「都民を人質にとられたようなものだ!」と悩みだす。これらのセリフには緊張感を盛り上げると同時に警察上層部の無能さを印象付ける役目がある。ただセリフが仰々しい割には警察がアッサリと対応を諦めているだけなので、緊張感が盛り上がらない。同じプロットの『ダーティー・ハリー』だったらものすごく戦慄する展開なのに。

と、君塚良一批判をしたけれど、中国にフジタの社員が拘束されたのを見ると「中国在留邦人10何万人がいつでも人質に取れるようなものだなぁ」と思ってしまった。そういえば湾岸戦争ではイラク政府がイラク内の民間人を人質にする「人間の盾」作戦をやったよな。世界で起きている事件の物語は君塚良一の脚本よりも酷い。

ちなみに『恋人はスナイパー 劇場版』の主人公は懲役250年の刑を受けて中国の刑務所で服役しているという設定で、中国政府は日本政府の要求を受けて主人公の釈放を決定する。当時の俺はこのシーンを批判するために

どうして中国政府が日本政府の無茶な要求に応じるのかサッパリわからない。

って書いていたけれど、現実の日中関係はまるで逆だった。

アマルフィがドラマ化

火曜日, 8月 24th, 2010

織田裕二が外交官、映画「アマルフィ」続編が連ドラ化より

黒田は同映画の主人公で、織田が「掘り下げていきたい男」とホレ抜いた役柄。

黒田は織田裕二がホレて抜いたので掘り下げてイキたい!と結婚したばかりだというのに、熱い記事だ。しかしまあ『アマルフィ』のドラマ化には驚いた。実はテレビを見る習慣が無いので、ドラマ版はたぶん観ないと思うけど、ドラマ版の集大成として出てくると思われる映画版は楽しみ。というか映画版もやらなきゃ海外ロケとか難しいだろうな。前篇後篇に分けるのだめ方式になったりして。

アマルフィ

『アマルフィ』の名シーン

食べて、飲んで、吐き出して

日曜日, 8月 22nd, 2010

週刊新潮の高山正之は、中国人を批判するコラムで「他人にたからないのが日本人」という結論を書いていた。俺が仕事で関わっているプロジェクトには中国人もたくさん参加しており、彼らは中国国内のエリート層だ。で、その中国人の中に、俺の後輩(日本人)に昼ごはんをおごってくれる人がいる。高山正之的には、おごっているのが日本人で、おごられているのが中国人なのだろうか。

中国人が昼ごはんをおごりたがるのは、何となくわかる。中国人や韓国人には「同じ皿にある食事を一緒にハシでつつけば仲間」という感覚がある。だから仕事仲間である日本人に昼ごはんをおごることで親密になろうとしている。日本人だと食事よりも飲み会だ。日本人は酒の席を共にすることで取引先と親密になろうとする。周囲に気を使いがちな日本人が、酔っぱらうことで気を使わなくてもいい関係を作ることで、親密になれるのかもしれない。まあ実際は飲み会でもやたら気を使うんだけど。

先日サマーソニック後に友人たちと3人で居酒屋に入って、豆腐やらゴーヤーチャンプルやらを頼んだ。当然3人でそれぞれの料理を小皿に取り分けて食べた。そこに相席する形で白人3人組がやってきて、俺らと同じく豆腐やらゴーヤーチャンプルやらを頼んだ。白人たちは一人一品を延々と食べ続けた。豆腐を頼んだ人はずっと豆腐、ゴーヤーチャンプルを頼んだ人はずっとゴーヤーチャンプルを皿が空になるまで一人で食べた。「分ければいいのに…」そう思った。

織田裕二結婚

日曜日, 8月 22nd, 2010

織田裕二が結婚した。俺は都市伝説というものを全く信じていないが、そんな俺でも織田裕二はゲイで平井堅と同棲しているという都市伝説だけは信じていたのに……。『となりのトトロ』の1シーンのように「ゲイだけど、ゲイじゃなかった!」と庭を回りたい気分である。平野綾の非処女騒動もバカにできないな。しかし結婚報道によって「織田裕二がゲイじゃなかったなんて!」とショックを受けている人の多いこと。普通は逆だろうに。


ハリウッド映画では「実はゲイだった!」の描き方は少しづつ変化している。ちょっと前までだと「浮気相手かと思いきやゲイ」というパターンが凄く多かった。

  1. 主人公とヒロインがケンカ別れする
  2. 主人公が戻ってきてヒロインに謝ろうとする
  3. ヒロインが男と一緒にいて、主人公ショック
  4. でも実はその男はゲイだった

って感じ。このパターンはラブコメだけではなくて、アフリカを舞台にした某社会派サスペンスの映画でも使われていて、驚いたことがある。

保守派の両親が息子や娘の同性愛を受け入れるプロセスを描くことで、家族の再生を描きました……というのも以前よくあったパターンだ。

最近のハリウッド映画でよくあるパターンは「男らしい人が実はゲイ」というもので、例えばマッチョで強面の黒人が出てきて登場人物をビビらせた後に、「実はゲイ」だと判明してそのギャップで笑わせる。

アメリカでは同性愛が思想問題になっているので、

  • 同性愛を受け入れられる人 ⇒ 都会の人、リベラル、オシャレ、差別しない人
  • 同性愛を受け入れらない人 ⇒ 田舎モノ、キリスト系の保守派、センスが無い、差別する人

と、記号的に使われる場合もある。同性愛者が出てくるシーンは、映画の登場人物たちの性格を説明している場合もあるので注意が必要だ。


と、ハリウッド映画におけるゲイ描写について簡単に書き散らしたが、当然ながら織田裕二とはまったくの無関係である。まあゲイネタが出てくるほど女性スキャンダルと無縁だった織田裕二なので、結婚生活もきっと上手くいくであろう。女性問題で結婚生活が失敗することが今からわかりきっている市川海老蔵とはエラい違いである。

ところでタッキー&翼は夫婦だけどジャニー喜多川がタッキーを寝取ってしまったという都市伝説は信じててもいいんだよね?(都市伝説というよりも腐女子設定)